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日本橋の老舗『神茂』のはんぺんと蒲鉾。

日本橋の老舗『神茂』のはんぺんと蒲鉾。

江戸時代、東京湾の品川沖や浦安沖などに、「鮫場」と呼ばれる幕府直轄の漁場があった。東京湾は鮫が産卵のために集まってくる海域で、鮫場は文字通り鮫を獲るための漁場だった。ここで水揚げされた鮫は鰭を切り取られ、乾燥させた鰭を「フカヒレ」として中国に輸出。中国料理の高級食材である「フカヒレ」は、幕府の重要な財源となっていた。

一方、鰭を切り取られた鮫は、江戸初期に開かれた日本橋の魚河岸で取り引きされた。この鮫肉を使って作り出されたのが江戸の「はんぺん」だ。

「はんぺん」と称される魚肉練り製品は全国各地にあるが、鮫肉を使った江戸の「はんぺん」は極上品として、主に贈答用とされた。

当初「はんぺん」は丸型だったが、贈り物用の四角い箱に詰めやくするため、四角になったともいわれる。また、明治初期まで日本橋にあった高級料亭「百川」などで、食材としても使われた。ちなみに古典落語の「百川」は、この料亭が舞台となった滑稽噺だ。

元禄元年(1688)に創業した日本橋の老舗・神茂は、新鮮な鮫肉の入手が難しくなっている今も江戸の頃からの伝統を守り、冷凍ではなく生の鮫肉で「はんぺん」を作り続けている。毎日、青鮫と葭切鮫(よしきりざめ)を捌き、血合いを取り除いた後、一番肉のみを「はんぺん」の材料として使用。一番肉は一度だけ漉した、最上の鮫肉である。そのため、格段に風味がよく、滑らかな口当たりだ。

また、一番肉を取った残りの鮫肉をもう一度漉したものは二番肉と呼ばれ、「魚すじ」の材料とされた。この「魚すじ」も評判となり、歌舞伎界では神茂の「魚すじ」になぞらえ、筋のいい若手役者の褒め言葉として「“カンモ”だねぇ」という表現があるほどだ。

二番肉には筋などが混じっていて、やや硬いため「魚すじ」はおでん種や煮物の使われることが多い。「はんぺん」もおでん種にされるが、表面を狐色に軽く炙って、山葵醬油で食しても美味だ。

文/諸井里見

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