■在来種を使った「讃岐蕎麦」、そのお味は?
さて、美味しいうどんの話ばかりしていて、うっかり忘れてしまうところだったが、肝心の蕎麦の話をしよう。
『谷川米穀店』には嬉しいことに、探していた蕎麦もあった。朝の仕込みのとき、うどんを打つのと一緒に、蕎麦も打つ。足で踏んだり、寝かせたりして作るうどんよりも手早く打ち終える蕎麦は、まるで、うどんを作る片手間に、ついでに打っているようにも見える。
だが、そんなことはない。蕎麦にも『谷川米穀店』の人々は、熱い思いを込めていた。豊子さんは言う。
「昔からお蕎麦は、よう食べました。おうどんと同じようなおつゆかけて、あったかい蕎麦を食べるんです。お蕎麦の場合は人参とか、おだいこ(大根)とか、たくさん具を入れて、しっぽく(うどんや蕎麦にキノコ・かまぼこ・野菜などを入れて煮ること)にして食べますな。この土地でできたお蕎麦を、うちで製粉しよるから、ぜんぜん混じりけのないお蕎麦なんです。だから皆さん、においもええしな、美味しいおっしゃります」
見るからに自家製粉といった風情の、黒みを帯びた蕎麦だ。麺を見ただけで、口に入れたときの香り、歯を当てた食感、噛んだときの味の広がり具合などが想像できる。
昔から数え切れないほどの人々が食べてきた、いわゆる田舎蕎麦の姿、形をしていた。さらに詳しく聞いてみると、蕎麦は地元で昔から栽培され続けてきた在来種。それを地元の農家にお願いして、この店で使うために栽培してもらっているのだという。
流通に乗った遠い地方の蕎麦粉を仕入れて打っているのではない。これこそが正真正銘の「讃岐蕎麦」なのだ。
蕎麦の昔の食べ方は、今、当たり前だと思われている「盛り蕎麦」のような、冷たい蕎麦を汁につけて味わう食べ方ではなかった。一度茹でた蕎麦をしまっておいて、必要に応じて鍋などの温かい汁の中にその蕎麦を入れて食べたものだった。
ここ讃岐でも、まったく同じだ。冷たい汁につける食べ方は、この地方にはなかったという。今や、天然記念物に指定していただきたいほどに貴重な「讃岐蕎麦」を味わってみた。
近所の商店から仕入れるという、美味なる醤油と刻み葱の香りが、田舎蕎麦の強い癖を落ち着かせ、好ましい風味にまとめている。
これが蕎麦の原点だ。今の時代までは、あえて守ろうとしなくても伝えられてきたこの味が、これからの時代は、意識して守っていかなければ消え去ってしまうことになるのだろう。
懐かしい昔の味が、ここにある。『谷川米穀店』を訪ねたら、讃岐うどんと一緒に、ぜひ「讃岐蕎麦」も味わっていただきたい。
■谷川米穀店
住所/香川県仲多度郡まんのう町川東1490
TEL/0877-84-2409
営業時間/ 11:00頃〜13:00頃まで(売り切れ次第終了)
定休日/日曜(不定休あり)
文・写真/片山虎之介
世界初の蕎麦専門のWebマガジン『蕎麦Web』編集長。蕎麦好きのカメラマンであり、ライター。著書に『真打ち登場! 霧下蕎麦』『正統の蕎麦屋』『不老長寿の ダッタン蕎麦』(小学館)『ダッタン蕎麦百科』(柴田書店)などがある。