取材・文/末原美裕
京都で長年活躍している目の肥えた方々が足繁く通うお店は、間違いなく感動と出会えるところ。本連載では目利きの京都人の方が太鼓判を押すお店を紹介していきます。
今回京都人のお墨付きの場所を教えてくれるのは、世界遺産でもある「賀茂御祖神社」(かもみおやじんじゃ)の宮司・新木直人(あらき なおと)さん。昭和38年から賀茂御祖神社に仕え、平成14年から20年近く宮司を務めている。
賀茂御祖神社は鴨川の下流にまつられているお社というところから「下鴨(しもがも)さん」、「下鴨神社」と呼ばれ、京都人より長く親しまれている。賀茂御祖神社の歴史は古く、崇神天皇の7年(BC90)に「神社の瑞垣の修造がおこなわれた」という記録が残っていることから、それ以前の古い時代より祀られていたと推測されている。また、新木家との関係も深く、鎌倉時代には仕えていたという記録がある。
新木宮司は「伏見稲荷大社が商売繁盛を祈願するところで、北野天満宮が学業成就を願うところなら、賀茂御祖神社はさしずめ“日本の歴史と文化を伝える神社”でしょうね」と言う。『源氏物語』や『枕草子』、『徒然草』にもたびたび登場し、当時から文化・流行の発信地であったことが窺われる。
賀茂御祖神社の魅力を問うと「糺の森の四季の移ろう姿を感じてもらいたいですね。心静かに森を散策すれば、川のせせらぎの音、鳥のさえずりがますます心を落ち着かせてくれます。生命そのものに触れられる古代の森だからでしょうね」と新木宮司はおっしゃる。
和菓子をいただくことと、京都らしい景色を感じることは一対のこと
「茶寮 宝泉」
「10年以上前に葵祭の神饌(しんせん)を作ってもらったのがきっかけで往来が始まりました。神饌は長らくの間、神社で伝承されてきた技術により作られていました。明治に社家がなくなったことから、技術の伝承が難しくなり、御所近くにある和菓子屋さんに伝えていました。しかし、後継者不足からその和菓子屋さんがなくなってしまったため、“洲濱(すはま)”が作れる確かな技術のある『宝泉』さんにお願いすることになったのです」と新木宮司がおすすめしてくれたのは、下鴨神社から歩いて約7分ほど北に上がったところにある「茶寮 宝泉」。
「和菓子を食べることと、美しい景色に感じ入ることは一対のことだと思っています。京都らしい風情を感じていただきたくて、『茶寮 宝泉』をオープンしました」と「宝泉堂」の代表取締役社長である古田泰久さんは話す。
「京都でわらび餅を食べるなら宝泉のわらび餅」と言わしめるほど評判の高い「わらび餅」を日本庭園を愛でながらいただきましょう。
わらび餅に使われるのは、本わらび粉、砂糖、水のシンプルな材料のみ。注文を受けてから職人が一つ一つ丁寧に練り上げている。箸でわらび餅を持ち上げると、ぽってりとした弾力に驚かされる。そのままいただくと、跳ね返ってくるような力強さと瑞々しさが口いっぱいに広がり、本わらび粉のどこか懐かしい香りが鼻腔をくすぐる。
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賀茂御祖神社の参道には「休憩処 さるや」があり、こちらの運営も宝泉堂が行っている。「江戸時代に刊行された『出来齋京土産』(できさいきょうみやげ)で紹介されている“さるや”をもとに復元しました。世界遺産の中に新たな建物を作るには難儀するのですが、過去に存在していたことが証明されたので建造することができました」と新木宮司。
「さるや」で食すことのできる、申餅(さるもち)は下鴨神社の宮司が代々、口伝で継承されてきた味と製法で作られている。申餅以外の甘味にもそれぞれにいわれがある。そしてこの春、「椿餅」も登場予定だ。『源氏物語』で光源氏がけまり会後の饗食で椿餅を食べた記述があり、歴史深いものである。
「賀茂御祖神社に参拝するのは近所の人たちにとって生活サイクルの一つになっています。心の休憩場としてゆっくり遊びに来てもらいたいですね」と新木宮司。
「茶寮 宝泉」や「さるや」の甘味も楽しみながら、ゆったりとした時を過ごしてみてはいかがだろうか。
■新木直人(あらき なおと)さん
賀茂御祖神社(下鴨神社)宮司。昭和12年、賀茂御祖神社職舎にて生まれる。京都市伝統行事伝承者。京都市伝統芸能功労者。全国賀茂社連合副理事長、社会福祉法人迦陵園後援会長、京都創生100人委員会委員、葵祭行列協賛会理事、他多数の役職を務める。
宮司ブログ:https://www.shimogamo-jinja.or.jp/greeting/
■賀茂御祖神社(下鴨神社)
開門時間:6時30分〜17時
住所:京都市左京区下鴨泉川町59
TEL:075-781-0010
アクセス:京阪電車「出町柳」駅より徒歩約12分
https://www.shimogamo-jinja.or.jp
■茶寮 宝泉
営業時間: 10時〜17時(Lo16時45分)< 水曜日・木曜日(祝日の場合、翌平日休み)>
住所:京都市左京区下鴨西高木町25
TEL:075-712-1270
アクセス:京都市バス「下鴨東本町」下車、徒歩約5分
http://www.housendo.com/housen.html
取材・文/末原美裕
小学館で11年間雑誌の編集部門において実務経験を経たのちに独立。フリーの編集者・ライター・Webディレクターに。京都メディアライン(https://kyotomedialine.com Facebook:https://www.facebook.com/kyotomedialine/)代表。2014年、文化と自然豊かな京都に移住。