夕刊サライは本誌では読めないプレミアムエッセイを、月~金の毎夕17:00に更新しています。金曜日は「美味・料理」をテーマに、コウケンテツさんが執筆します。
文・写真/コウケンテツ(料理家)
「コウさんで連載をやってみたいんですよ」
母を担当していた編集者がそう言ったとき、思わず自分の耳を疑いました。だって、僕の料理を食べたこともないのに……! 知っているのは、撮影時に母のアシスタントとして働く、僕の立ち居振る舞いだけ。遡ること十数年前、2005年の出来事でした。
依頼があった企画テーマは、いろいろな業界、職種の方が、リレー形式に男の料理を紹介していくというような連載。僕のほかには、著名な俳優さんやミュージシャンの方もいて、そんなメンバーに加わっていいのだろうかとびっくり。編集部にしてみれば、間違いなく大抜擢だったでしょう。
当時、売れっ子の男性料理家といえばやっぱり、ずば抜けたセンスのケンタロウさんでしたが、ちょうど韓流ブームに加えて、「男性が料理をする」という気運が高まってきた頃ではありました。
「料理家・コウケンテツ」として発表した初めてレシピは、「焼き肉丼」でした。家庭で気軽につくってほしかったので、使ったのはお買い得な価格帯の焼き肉用の牛肉。醤油ベースの焼き肉のタレをからめて焼くのですが、すごくおいしいんです。そのタレは、実は母から教わった配合をベースにして、僕の発想でアレンジを加えたものでした。
レシピの隠し味は、マーマレード。韓国料理って、意外とフルーツを料理に使うんです。お店で使っているタレは、煮詰めてから熟成させることが多いんですが、家庭ではなかなか難しい。そこで、熟成した深みのある味わいを表現するために、母はよくジャムを使っていました。そのときは夏だったので、爽やかな柑橘系のジャムを選び、お酢の酸味を加えて、にんにくや生姜、唐辛子でパンチをきかせて食欲増進! さらに、塩もみにしたゴーヤを添えました。お肉と一緒に食べたときに、口のなかでバランスがよくなるように……。
アシスタント時代は、母に料理を教えてもらったことはほとんどありません。母はそんなつもりはなかったかもしれませんが、とにかく忙しかったので、教える暇もなかった。だから、母と姉が料理をつくるのを脇で見て覚えました。母のレシピ通りに調味料を計量しながら、「こういう調味料の配合であの味になるのか」「もっとこんな素材を足したら違うおいしさになるんじゃないか」とか、そんなことをいつも考えながら働いていたのです。計量するという単純な仕事が力になり、僕のタレのバリエーションはすごく増えました。
連載がスタートしてからは、2~3か月に1回というペースで、撮影のために大阪から上京するようになりました。それが、ものすごく楽しかったんです。打ち合わせをして、自分に何を求められているのかを聞き、僕らしさを表現できるレシピを考える。それから実際につくって、撮影してもらい、雑誌に掲載される。自分の仕事が形として残るということが、今までにない喜びであり、経験でした。
思い返せば、初めての撮影のときは、一品つくるのにとても時間がかかりました。アシスタントで現場慣れしていたはずなのに、とにかく必死だった。今でも当時の編集さんやカメラマンさんから、そのときのことを笑い話にされるほど!
そんな僕が料理家としてやっていけるようになったのも、母が導いてくれたおかげ。初めてのレシピ「焼き肉丼」にも、母から受け継いだ味がギュッと凝縮していたのでした。
文・写真/コウケンテツ(料理家)
1974年、大阪生まれ。母は料理家の李映林。旬の素材を生かした簡単で健康的な料理を提案する。テレビや雑誌、講演会など多方面で活躍中。3人の子どもを持つ父親でもあり、親子の食育、男性の家事・育児参加、食を通じたコミュニケーションを広げる活動にも力を入れている。『李映林、コウ静子、コウケンテツ いつものかぞくごはん』(小学館)、『コウケンテツのおやつめし』シリーズ(クレヨンハウス)など著書多数。