夕刊サライは本誌では読めないプレミアムエッセイを、月~金の毎夕17:00に更新しています。金曜日は「美味・料理」をテーマに、コウケンテツさんが執筆します。

文・写真/コウケンテツ(料理家)

初めての済州島ロケ。済州島産の鯖の刺身を、古漬けの酸っぱいキムチに巻いていただく。済州島ならではの食べ方です。

人には、魂に刻み込まれた味がある。そんなことを思い知ったのは、料理家になったばかりの駆け出しの頃。地方のテレビ番組のロケで、母が生まれ育った韓国の済州島を訪れたときのことでした。

母が赤ん坊だった僕を連れて里帰りをして以来なので、ほぼ当時の記憶はなく、初めて訪れたと言ってもいい旅でした。ところが、「モンクッ」というスープを口にした瞬間、僕の脳内に、彼方にあった風景が一気に蘇ったのです。歩いてきた道や、食べたもの。僕はここに来たことがあって、全部を知っている……。

ホンダワラという海藻と豚肉を煮込んだスープ、それがモンクッ。済州島の郷土料理です。ホンダワラは日本の一部でもよく食べられている海藻で、柔らかくて美味しいんです。また、済州島は黒豚が名物なので、このスープはまさに済州島ならではの味。実はこのスープは、僕が幼い頃に食べていたものでした。つくってくれたのは、母の姉にあたる叔母でした。叔母も、母に勝るとも劣らぬ料理上手。済州島から日本に遊びに来るときに持ってきたホンダワラを使って、よくこのスープをつくってくれたのです。母にとっては懐かしい味だったのでしょうが、僕は食べ慣れない海藻の味がちょっと苦手でした。

ところが、久々に食べたモンクッは、本当に旨かった。これが魂に刻み込まれた味、ソウルフードというものなんだろうか……。僕の脳内に再生されたのは、叔母との思い出も含めた、忘れていた幼い頃の記憶。昔よく聴いていた音楽が流れてきたときに、当時の情景が自然に浮かんでくるような、そんな不思議な感覚でした。

叔母は、いつも済州島の美味しいものをお土産に抱えて我が家にやってきました。忘れられないのが、甘鯛です。済州島の甘鯛は、僕にとって世界一。日本で食べる甘鯛と、全然違うんです。叔母のことを「甘鯛のお姉さん」と呼んでいたほど! 叔母はいつも、日本に渡る直前に買って自分で開いて、一夜干しにしてから持ってきてくれたんです。

韓国には「チェサ(祭祀)」という、日本の法事にあたるような儀式があります。お正月やお盆といった季節ごとにおこなわれ、一家の伝統料理が並ぶのが慣わしです。料理には、たとえば日本のお雑煮のようにはっきりとした地域性があるのが特徴です。僕の大好きな甘鯛の開きは、チェサに欠かせない済州島の料理なのでした。子どもの頃は、郷土の味だなんて、ちっとも理解せずに食べていたんですけれども。

もちろん、生まれ育った大阪の食も、大切にしたい故郷の味です。焼き肉に行ったら、やっぱりホルモン。お出汁は、すっきりと澄んだ関西ならではの鰹出汁やいりこ出汁。関東のうどんや蕎麦の、濃い出汁の味はいまだに慣れません。

でも、味噌汁はいりこ(煮干し)出汁がいい。韓国はいりこで出汁をとる文化があり、チゲの出汁もいりこ。母がたまに遊びにきたときにつくってくれる味噌汁を食べてきたからでしょうか。僕の子どもたちもいりこ派で、鰹出汁の味噌汁よりも、ずっと食の進みがいいので驚きます。母の味は、孫の代にまでしっかり受け継がれているようです。

文・写真/コウケンテツ(料理家)
1974年、大阪生まれ。母は料理家の李映林。旬の素材を生かした簡単で健康的な料理を提案する。テレビや雑誌、講演会など多方面で活躍中。3人の子どもを持つ父親でもあり、親子の食育、男性の家事・育児参加、食を通じたコミュニケーションを広げる活動にも力を入れている。『李映林、コウ静子、コウケンテツ いつものかぞくごはん』(小学館)、『コウケンテツのおやつめし』シリーズ(クレヨンハウス)など著書多数。

 

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