夕刊サライは本誌では読めないプレミアムエッセイを、月~金の毎夕17:00に更新しています。金曜日は「美味・料理」をテーマに、コウケンテツさんが執筆します。

文・写真/コウケンテツ(料理家)

パリの朝ごはん。パンとバター、ジャムと飲み物だけ!

結婚して子どもが生まれるまでは、馬車馬のように働いていました。毎日、睡眠時間は2、3時間程度。だから、僕の仕事をサポートしてくれていた妻の妊娠が分かったときは、嬉しかった反面、「これからの仕事、どうしよう…」と、追い込まれるような気持ちにもなりました。

でも、夫婦できっちり協力し合って日々の雑務を終わらせると、逆に子どもが生まれる前よりも、ゆとりができました。僕は「食がいちばん」という家庭で育ったので、子育て世代のために、手づくりの料理のすばらしさや、伝統的な食文化を伝えていく活動にも積極的に取り組んできました。でも、そんな発信ができたのは、二人目の子育てまで。去年、三人目が生まれてからはもう、すべてが吹っ飛びました。物理的な時間の余裕がまったくなくなってしまったんです。仕事をセーブしても、にっちもさっちもいかない。

そんなときに番組のロケで行かせていただいたヨーロッパの国々で、僕はカルチャーショックを受けました。

去年、訪れたデンマークは福祉国家で、税金もかなり高いことで知られています。そのぶん、地域が子育てをするシステムが完璧。子どもを預けられる場所がちゃんとあって、ベビーシッターも多く、子育てに国の補助があるから、お母さんたちが働きやすい。逆に、子どもを産んだほうがいいことがたくさんあると思えるくらいです。

今年はフランスに行きましたが、みなさんもご存じの通り、個人主義の国。フランス人は、自分の幸せが一番であり、それを追い求めることが人生。だから、子どもを産んでも働くことが当たり前で、女性の就労率は8割以上です。彼女たちに言わせると、女性が家庭に入るということは「まったく意味がわからない!」。

どんなに働きやすい環境でも、日々の家事がなくなるわけではありません。じゃあ、食事の支度はどうしているのかというと、デンマークもフランスも普段は全然、料理をしない。毎食、パンやチーズ、ハムなどですませることが多く、同じものを食べることに抵抗がないんですよね。また、基本的に普段の食事には、あまりお金をかけないという家庭も多いようでした。

フランス人の朝食はたとえば、前日に買っておいたパン・オ・ショコラというチョコレート入りクロワッサンとカフェ。子どもはシリアル。家族それぞれが自分で用意できるようなものばかりです。洗い物が出ないように、ナイフやフォークといったカトラリー類は使いません。食べたら器は置きっ放し。朝は忙しいので、洗わずに出かけます。夜はパックで売っているお肉のタルタルをパカッとお皿にあけて、オリーブオイルをかけるだけ。あるいは、オーブンに入れて焼くだけのお料理や、煮込んだだけの簡単な料理。でも、週末は大勢で集まってパーティーをします。それも、気合いを入れてご馳走をつくるのではなく、マルシェでデリを買ってきます。本当においしいものを楽しみたいときは、レストランへ。彼らは外食も大好きなんです。フランスの女性には、こう言われました。「日本の女性は就学率が高い。でもいい大学を出ても働けないのはなぜ?」って。

そんな言葉に僕は、お母さんたちに対して無理強いをしていたのかなって思ったんです。手づくりをしよう、食文化を伝えていこうと。それは大切なことではあるけれど、デンマークやフランスと比べたときに、日本は料理のハードルが高過ぎる。出汁をとったり、バランスを考えたり、使う食材は多品目……。料理が好きな人、時間にゆとりがある人にとってはいいかもしれないけれど、仕事と子育てに追われている人、料理が苦手な人にとっては、苦痛でしかないのかもしれない。

だから僕は思い切って、「無理をしてまで、料理をつくるのはやめましょう!」と言うことにしたんです。そうじゃないと、残すべき食文化も残っていきません。伝統的な食文化を伝えるために、女性が日々追い込まれるというのは、おかしいですよね。どの国の考え方が正しいかということではないんです。ただ、ヨーロッパの国々の考え方は、日本の生活にも大いに参考になる部分があるなと思いました。いろいろな生き方、環境があるなかで、自分に合った食のスタイルをつくり出していかなければいけないということを、そろそろ真剣に考えるべきときなのでしょう。

僕は講演会でよく、「今日の朝ごはん」の画像をスクリーンに映します。ベーグルとチーズと牛乳を並べただけ。朝なんか地獄のように忙しいのに、栄養バランスなんて言っていたらもちません。だから割り切って、朝はつくらず、並べるだけの朝ごはん。前夜の夕飯の残りを並べるだけだっていいじゃないですか。そうやって、ふだん少しでもラクできれば、週末だけは料理を頑張ろう、出汁をしっかり取ろう、という気持ちにもなれるかもしれない。現代の家事は、そうじゃないと続かないと思うんです。

子どもの頃、僕の家では、毎週日曜の朝が「子どもの好きなものを、家族みんなでつくって食べる日」でした。普段の食事のことはそこまで覚えていなくても、その食卓の様子は今でも頭の中に鮮明に蘇ります。いちばんよくつくったのは、手巻きサンドイッチ。兄や姉と一緒に、自分が好きな具材を用意して、サンドイッチ用のパンで巻いて食べるんです。そんなふうに、毎日料理をしっかりつくらなくても、特別な日があれば、子どもの記憶にその味が刻まれるんですよね。

今、日本の食は、私たちが思っている以上に危機的な状況です。核家族化で世代間の交流が少なくなり、日常の中で食について伝える機会も失われています。上の世代の方々にしてみれば、料理をつくらないなんてあり得ないかもしれませんが、温かく見守っていただきたい。できればときどき、忙しい子育て世代のために料理をつくってあげるのもいいのではないでしょうか。そういったことを親子関係の潤滑油にして、家庭の味を伝える機会にしていただきたいなと思います。

文・写真/コウケンテツ(料理家)
1974年、大阪生まれ。母は料理家の李映林。旬の素材を生かした簡単で健康的な料理を提案する。テレビや雑誌、講演会など多方面で活躍中。3人の子どもを持つ父親でもあり、親子の食育、男性の家事・育児参加、食を通じたコミュニケーションを広げる活動にも力を入れている。『李映林、コウ静子、コウケンテツ いつものかぞくごはん』(小学館)、『コウケンテツのおやつめし』シリーズ(クレヨンハウス)など著書多数。

 

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