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【夕刊サライ/コウケンテツ】「世代へ受け継ぐ味」料理家になる息子へ、母がくれた言葉(コウケンテツの料理コラム 第3回)

夕刊サライは本誌では読めないプレミアムエッセイを、月~金の毎夕17:00に更新しています。金曜日は「美味・料理」をテーマに、コウケンテツさんが執筆します。

文・写真/コウケンテツ(料理家)

韓国の春先の市場。色々な山菜をナムルにしていただく。

日本の四季が、こんなに美しいなんて――。

半世紀ほど前、韓国の済州島からやってきた母は、しみじみ感動したといいます。ところが、経済が発展してだんだんと暮らしや風景も変わっていき、季節感が失われてきたと感じるようになりました。そこで母は、子どもたちを市場に連れていくことしたのです。食を通じて、子どもたちに四季を教えたいと思ったのでしょう。

春は芽吹いたばかりの山菜の色、夏はトマトなどの鮮やかな色、秋はしっとりとした根菜の土の色、冬はさらに深い葉野菜の緑……。出かけていくのは、自宅の近くにあった大阪の中央卸売市場。朝早く起こされて、眠たい目をこすりながら、母に手を引かれた小学生の僕の目には、そんな彩りに溢れた四季の移ろいが、しっかりと焼き付けられました。

思い返してみれば、中学・高校時代のお弁当の中にも、同じ風景が広がっていました。弁当箱をパッと開けると、菜の花が入っている。それを見て「あっ、春がきた」と思うんです。茄子やズッキーニが入るようになると、「夏だなあ」。栗ご飯の季節には、「秋の味覚だ!」って。母は言葉ではない方法で、いろいろなことを僕に伝えたかったのだと思います。

そんな愛情のこもったお弁当を食べてきた僕に、新たな食の目覚めがやってきます。きっかけは、高校時代に「プロのテニスプレーヤーになりたい」と思ったこと。ジョン・マッケンロー、ナブラチロワ、イワン・レンドル……。世界のトップ選手たちに憧れて練習に打ち込み、どうすればプロになれるのかと考えたときに、「そうだ、食事を変えなければ」と思ったのです。両親の食育は、こんな形でも僕に影響を与えました。

もう30年も前のことなので、まだまだ日本では「勝つためにはトンカツを食べる」という時代。僕が尊敬する名選手たちに食事を指導していたのが、アメリカの医学博士、ロバート・ハース氏でした。彼の名著『食べて勝つ』を読み、良質な筋肉をつくるためのたんぱく質の摂り方や、試合前のピーキング(最高の結果を出すための調整)のための食事法を学びました。栄養学も勉強し、母には申し訳なかったけれど、自分で弁当をつくるようになったんです。その結果、体脂肪率は5~6%にまで絞られました。

料理の腕を磨いたのもその頃で、アルバイトは全部飲食店。朝はパン屋さんで、サンドイッチを300個つくっていました。神戸の小さな和食のお店では、板さんが僕の料理好きを見抜いて、いろんなテクニックを教えてくれたものです。テニスプレーヤーになる夢は叶いませんでしたが、料理の知識はどんどん増え、技術もメキメキ上がっていきました。当時の経験は、料理家としてやっていく上で、大きなベースになった気がしています。

それからは紆余曲折あり、20代の終わりに「料理家になる」と決めた僕に、母がくれたアドバイスはたったひとつ。

「ナムルをつくれるようになりなさい」

どんな野菜でも、美味しいナムルがつくれるように腕を磨きなさい、ということです。どう切ったら美味しくなるか、どう味つけすれば美味しさを引き立てられるか。母は天才的な感覚の持ち主で、「野菜を切るときは、野菜が切られたいように切りなさい」と、よく言っていました。母が切る蓮根や里芋は実に可愛らしく、形が活き活きしていて、僕はまだまだ及びません。一生をかけて向き合っていく、母がくれた課題です。

文・写真/コウケンテツ(料理家)
1974年、大阪生まれ。母は料理家の李映林。旬の素材を生かした簡単で健康的な料理を提案する。テレビや雑誌、講演会など多方面で活躍中。3人の子どもを持つ父親でもあり、親子の食育、男性の家事・育児参加、食を通じたコミュニケーションを広げる活動にも力を入れている。『李映林、コウ静子、コウケンテツ いつものかぞくごはん』(小学館)、『コウケンテツのおやつめし』シリーズ(クレヨンハウス)など著書多数。

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