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夕刊サライ

2000年も受け継がれてきた、フィリピンの棚田(前編)(コウケンテツの料理コラム 第8回)

夕刊サライは本誌では読めないプレミアムエッセイを、月~金の毎夕17:00に更新しています。金曜日は「美味・料理」をテーマに、コウケンテツさんが執筆します。

文・写真/コウケンテツ(料理家)

ルソン島の北部、バナウエの棚田。まさに天国への階段です。

料理家になるまでは、ほとんど海外旅行をしたことがありませんでした。

母が幼かった僕を抱いて里帰りした済州島、あとは、姉と一緒に旅したフランスだけ。ところが、海外の食文化を訪ね歩くテーマのテレビ番組に出演させていただいたことがきっかけで、NHKのBSで『コウケンテツが行く アジア旅ごはん』というレギュラー番組を持つようになりました。それからは、仕事でもプライベートでも数えきれないほどの国に行っています。記憶に残らない旅はどれひとつとしてないのですが――僕が料理家として進むべき道を照らしてくれたのは、フィリピンの旅でした。

訪れたのはルソン島の北部、バナウエという地域。首都・マニラから車に揺られて10時間くらいかかります。そこにあるのが、コルディエラ山脈の急斜面に広がる世界最大規模の棚田。世界遺産に指定されていて、「天国への階段」とも呼ばれているのですが、もう圧倒されるほどの美しさ!  まるで景色が生きているみたいに、朝昼晩で表情を変えるんです。わざわざ切り開いたわけではなくて、自然の山の形状に沿ってつくられているのもすごい。

この棚田はイフガオ族という少数民族によって先祖代々、2000年もの間、受け継がれてきたのだそうです。僕はその年月に圧倒されるばかり。だって……、2000年ですよ!

急な山の斜面には機械が入れないので、鍬を担いで田の手入れをし、水も山の湧水でまかなう仕組みになっています。地元の方々の話によると、稲作の方法は少なくとも1000年以上、変わっていないと言われているのだとか。ですから、完全に無農薬です。また、広大な棚田は、場所ごとに持ち主が違います。だから、1か所で農薬を使うと、山全体にその影響があるので、絶対に使えないんです。

テレビ番組のロケで、僕は棚田の斜面にちいさな小屋を建てて生活している、15人くらいの家族のもとへホームステイさせてもらいました。

訪れたのは田植えの季節。僕は手伝うつもりでやる気満々だったのですが、季節外れの豪雨が続いてしまいました。来る日も来る日も田植えができない。その代わりにやらなければならなかったのが、棚田の修復作業です。

崩れる、修復、また崩れる、また修復。

棚田は石を高く積み上げてつくられているので、雨が降ると崩れてしまいます。だから、今日修復しても、明日また雨が降れば、田んぼが崩れてしまう。でも、放っておくとさらに次の日も崩れてしまうので、どうせ崩れると分かっていても、やっぱり修復するんです。それを怠ると、美しい棚田が壊滅的になってしまうので、絶対にサボれない。というわけで、僕は毎日毎日、修復作業にかかりきりでした。

仕事を終えたら、食事の支度です。お世話になったイフガオ族の家庭の食事は、毎日、3食とも同じ献立。主食は、自分たちが棚田で育てたお米を鍋で炊きます。長粒米なんですが、インディカ米とジャポニカ米の中間のような味わいで、すごく香りがよくておいしい。それを、東南アジアならではの湯取り法で炊きます。米を熱湯で煮て、沸騰したあとに余分な煮汁を捨てるというやり方です。おかずは、自分の畑でとれたキャベツと白菜を、にんにくとラードで炒めたもの。彼らは豚も飼っているので、ラードは常に台所にあるんです。

できあがったキャベツと白菜のラード炒めは、ご飯にかけて食べます。なんて旨いんだろう! 一週間、3食ともこの献立のご飯を食べ続けましたが、まったく飽きなかった。撮影が入ったときは、干した豚肉をちょっと出してくれたこともありましたが、そのときは「ああ、豚肉だ!」って、すごく贅沢な気持ちに。

このおいしさの意味が本当にわかったのは、日本に戻ってからなのでした。(後編に続く)

文・写真/コウケンテツ(料理家)
1974年、大阪生まれ。母は料理家の李映林。旬の素材を生かした簡単で健康的な料理を提案する。テレビや雑誌、講演会など多方面で活躍中。3人の子どもを持つ父親でもあり、親子の食育、男性の家事・育児参加、食を通じたコミュニケーションを広げる活動にも力を入れている。『李映林、コウ静子、コウケンテツ いつものかぞくごはん』(小学館)、『コウケンテツのおやつめし』シリーズ(クレヨンハウス)など著書多数。

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