夕刊サライは本誌では読めないプレミアムエッセイを、月~金の毎夕17:00に更新しています。金曜日は「美味・料理」をテーマに、コウケンテツさんが執筆します。

文・写真/コウケンテツ(料理家)

僕の好き嫌いをなくすきっかけとなった干し椎茸をはじめ、季節の食材を使うナムル。

何種類ものナムルにキムチといった、野菜たっぷりの常備菜が並んだ食卓。

僕が子どもの頃に見慣れていた、食事の風景です。兄も姉も、蒸したキャベツにご飯をのっけて、サムジャンという唐辛子味噌を塗って食べるのが好きで、「旨い、旨い」と、モリモリ食べていました。今思えば、手をかけた料理が何品も並ぶなんて、すごく豪華だし、贅沢。でも、心の中では「なんでこんなに、冷たい野菜ばっかり食べるんだろう。ヤギか、それともヒツジか!?」。まだ幼かった僕は、嫌で嫌で仕方ありませんでした。

僕がどう思っているかはさておき、母はとにかく「何を食べさせたら、子どもが元気になるか」ということばかり考えていました。実は、僕は子どもの頃、小児喘息で気管が弱かったんです。さらにアレルギー体質で、はっきり言って病弱でした。季節の変わり目になると、何日も続けて喘息の発作が出てしまい、入院を繰り返すこともありました。だから、当時、CMで大人気だったインスタント食品や、ジャンクフードは一切禁止。「気管にいい野菜だから」と、蓮根のお粥をよくつくってくれ、蓮根のスープは常に冷蔵庫につくり置きしてありました。僕はといえば、「なんで、こんなの飲まなあかんねん」と、まったく有り難みを分かっていなかったのですが……。

テストの点が悪かったり、多少の悪戯をしたりしても、人様に迷惑さえかけなければ怒らなかった両親ですが、食事を残すことだけは厳しく叱られました。それでも母は、冷蔵庫にとってあった肉を焼いてくれ、我が儘な僕がちゃんとご飯を食べられるように、いつも一生懸命だったなと思います。子ども心に、そんな母に対して後ろめたい気持ちも持っていました。それであるとき、ずっと大嫌いで避けていた料理を食べてみようと思ったんです。

忘れもしない「干し椎茸のナムル」。干し椎茸を戻して薄切りにして、胡麻油で炒めて、キンピラのように甘辛く味つけしたものです。恐る恐る口に運んでみると、「あれ、これ旨いぞ!」。小学2、3年生くらいだったと思います。それからは、好き嫌いがまったくなくなりました。

中学に入る頃には、喘息の症状も軽くなり、次第に風邪ひとつひかない丈夫な体に。まさに、母が息子のために頑張ってくれた、食養生の賜だったのです。中国もそうですが、韓国の人々は「気管を強くするために秋口には根菜を食べる」「春の山菜の苦味は、冬眠していた体がシャキッと目覚める合図」というようなことを、みんなが知っています。「なぜこの季節に、この食材を食べるのか」という知識は、子どもの頃から日常的に、母が教えてくれてきたことでした。

大人になった僕は料理家として、母から教わった知恵を多くの人に伝えています。病弱だった僕が、食のおかげで元気になったという実感がこもっているからこそ、みなさんに耳を傾けてもらえる。今の僕があるのは、母の「伝えたい」という気持ちのおかげなんです。

文・写真/コウケンテツ(料理家)
1974年、大阪生まれ。母は料理家の李映林。旬の素材を生かした簡単で健康的な料理を提案する。テレビや雑誌、講演会など多方面で活躍中。3人の子どもを持つ父親でもあり、親子の食育、男性の家事・育児参加、食を通じたコミュニケーションを広げる活動にも力を入れている。『李映林、コウ静子、コウケンテツ いつものかぞくごはん』(小学館)、『コウケンテツのおやつめし』シリーズ(クレヨンハウス)など著書多数。

 

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