イラスト/石野てん子

文/山本益博

「江戸前」の鮨屋でしたら、のれんが店の玄関のほかに、つけ台、つまり、カウンターの上にも掛かっています。なぜか? 余程のすし通でもないとご存じでないかもしれません。こののれんは、鮨屋が屋台だった頃の名残なんですね。

屋台の頃の鮨屋の客は、酒を飲まず、余分な話もせず、せっせと注文したにぎりをつまみ、汚れた指先をのれんで拭って、屋台を後にしました。ですから、のれんが醤油まみれになっている店ほど繁昌店と言われたそうです。

握られたすしが置かれる台を「つけ台」と呼びますが、まぐろやこはだを漬け込んだ場所から、いまだにこの名前が使われています。

東京・銀座の江戸前鮨「すきやばし次郎」のカウンターとつけ台

さて、すしを握る職人とすしをつまむ客の距離は、どれくらい離れていると思いますか? 二人が向かい合う幅は、職人サイドが一尺五寸、客サイドも同様に一尺五寸、合わせて三尺、約1メートル弱です。これ以上近いと互いに息苦しいですし、遠いと握ったすしが届きません。三尺は両者の絶妙な本寸法の距離なんですね。因みに、一尺五寸は、大人の箸のサイズ七寸五分(25センチ弱)を縦に繋いだ長さです。

この距離の秘密をご存知ない方は多いはず。計算された絶妙な間合いが、鮨屋にはあるのです。

ついでに言うと、「江戸前」の職人は、にぎりも二寸五分の大きさで握れ、と言われてきました。舌先三寸に、にぎりがすっぽり一口で収まるサイズなんですね。

カウンターも、良く拭き込まれた素木のものは、未だ完成途中、漆が塗られたものが正式です。

そうそう、鮨屋でよく「大将」と呼びかける方がいますが、鮨や天ぷらなどの職人仕事のトップは「親方」と言い、決して「大将」とは呼びません。「大将」は、和食の料理人の頭の俗称です。お鮨屋さんでは正しく「親方」と声をかけましょうね。

鮨は置かれたらすぐ口へ放り込むのが基本です。いくら姿が美しくとも、眺めるのはほどほどに。

文/山本益博
料理評論家・落語評論家。1948年、東京生まれ。大学の卒論「桂文楽の世界」がそのまま出版され、評論家としての仕事をスタート。TV「花王名人劇場」(関西テレビ系列)のプロデューサーを務めた後、料理中心の評論活動に入る。

イラスト/石野てん子

 

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