現代は、江戸の昔と比べたらいろいろな技術が進歩して、食材の管理もコントロールが自在にできる時代になった。
技術開発の研究は、たくさんの人たちが競い合いながら進歩を続けている。蕎麦の世界でも、今まで想像もできなかったようなことが、これから実現するらしい。
それなのになぜ、蕎麦は技術の進歩に比例して、おいしくなるということがないのだろう。
「昔の蕎麦は、おいしかった」と、これは、経験豊富な蕎麦職人が、申し合わせたようにつぶやく、懐古の言葉である。
昔の蕎麦は、ほんとうにおいしかったのか。
それは、実際に体験してきた人たちが証人なのだから、やはり、おいしかったのだろう。
蕎麦のおいしさは、麺の味だけでなく、醤油や味醂、出汁の材料など、蕎麦以外のものも関わってくるので、単純ではない。「おいしい」という一言には、実に膨大な内容が含まれている。
様々な技術が導入されることで、それらの食材のほとんどが、多少なりとも昔とは違ったものになっている。
もちろん、蕎麦切り(蕎麦の麺)の原料である玄蕎麦(殻に包まれた状態の実)にも、同じことが言える。
材料が変わり、技術が変われば、味も変わってしまうのは当たり前だ。
ここでまた、経験豊富な蕎麦職人の、「昔の蕎麦は、おいしかった」というつぶやきが、聞こえてくるのである。