文・写真/杉﨑行恭(フォトライター)
春キャベツの収穫風景があちこちでみられる千葉県・犬吠岬(いぬぼうざき)の台地を、銚子電鉄の電車は一駅一駅停まりながらゆっくりと走る。ゆらゆら揺れながら進む乗り心地は、ついつい眠気を誘う。
車両は、2015年まで愛媛県を走っていた元・伊予鉄道の700系電車で、さかのぼると昭和40年代に京王線を颯爽と走っていた京王電鉄5000系電車を改造したものだとか。なんとなく往年の名投手が、流れながれて地方のリーグで黙々と投げているような感じがした。
銚子電鉄は、JR総武本線の終着・銚子駅から線路を延ばす、6.4kmの小私鉄だ。沿線には犬吠埼という観光地はあるものの、何度も存続の危機を迎え、副業の『ぬれ煎餅』の販売などでなんとか電車を走らせてきた。過疎地のローカル私鉄のなかでも異色の頑張りを見せている鉄道だ。
そんなわけで銚子に来たら銚子電鉄に乗らねばと、私は片道340円のきっぷを買って、終着の外川(とがわ)駅までやってきた。駅は「これ以上進むと坂から落ちる」と近所のおじさんが言うような場所にあった。
海岸段丘の上に建つ木造平屋の駅舎は、電車が大きく見えるほどのコンパクトサイズだった、しかも駅名看板がなければ、倉庫かと思うほど飾り気のない建物だ。
それでも黒板の運賃表や鉄パイプの改札口が残り、「駅舎の雰囲気に合わせて舗装をはがした」(さきほどのおじさん)という駅前広場には、なつかしい丸ポストも立っていた。
ホームの端には廃車体も留置され、古い枕木で囲われた車止めの先には太平洋も見えた。そんなひとつひとつが、古い日本映画を見るような終着駅の小宇宙をつくり出していた。
この外川駅の駅舎は、路線が開業した1923年(大正12)から使われ続けているもので、駅事務室のほかに三畳間ほどの宿直室もあった。少し前までは外川駅始発の電車もあったので、運転士はここに泊まっていたという。
見たところ新しいものは、駅で販売している焼きたての『ぬれ煎餅』しかないという外川駅だが、そんなたたずまいが人気を呼んで、今回訪ねたときも駅の内外は観光客で大賑わいだった。
線路末端の車止めから先は、海にむかって坂道になっていて、昔ながらの漁村風景が残っている。
今ではキンメダイで知られる外川漁港だが、その昔は水揚げされた魚介類を駅まで運び上げ、列車で千葉や東京方面に出荷したという。また昭和30年台には、国鉄の気動車は総武本線からこの駅まで乗入れていた。
そんな歴史ある終着駅を楽しんだあと、帰りに犬吠埼灯台を見ていこうと隣の犬吠駅まで切符を買ったら、硬券だった。やがて電車が発車する時、女性の駅職員がホームからいつまでも見送ってくれた。
【外川(とかわ)駅 (銚子電鉄)】
■ホーム:1面1線
■所在地:千葉県銚子市外川町
■駅開業:1923年(大正12)7月5日
■アクセス:銚子駅から電車で20分
文・写真/杉﨑行恭
乗り物ジャンルのフォトライターとして時刻表や旅行雑誌を中心に活動。『百駅停車』(新潮社)『絶滅危惧駅舎』(二見書房)『異形のステーション』(交通新聞社)など駅関連の著作多数。