ふぐ刺し、ふぐちり、焼きふぐ、創作料理…。さまざまな「福」を呼ぶ魚をたらふく食す。
全国には様々なふぐの調理法と食べ方がある。薄切りの刺身であるてっさから鍋のてっちり、焼きふぐや珍味まで。ワインとの相性も知り、ふぐを取り寄せて自宅でも楽しみたい。
猛毒部位で知られるふぐの卵巣を食べる文化が石川県にある。その名を「ふぐの子糠漬」。江戸時代から賞玩されてきた珍味だ。白山市美川北町の『あら与本店』荒木敏明さん(69歳)は、海産物問屋時から数えて7代目の製造元。
「使うのはゴマフグです。産卵のため沿岸に寄る5月中旬から獲れ始めますが、近年は海水温が上昇したせいか、ほかにも原因があるのか、獲れる量が減って漁期も早く終わる傾向にあります」
ゴマフグはトラフグなどと比べると身の色がくすんでいる。そのためもっぱら干物に加工される。毒のある卵巣は本来捨てるものだが、塩と糠とで2度漬けすると無毒化できることが、少なくとも安政5年(1858)頃には知られていた。北前船の帳簿に、佐渡で積んだ塩漬けの鰒子(卵巣)を美川の湊で降ろしたという記録が残っているそうである。
猛毒を消すには2年以上
「卵巣を1年塩に漬けると毒素の9割は浸透圧などの作用で抜けるとされています。さらに糠と麹に漬けふた夏越させると、まったく問題ない数値に下がります。毒が消えるのは発酵によるものと考えられていますが、メカニズムはわかっていないそうです」(荒木さん)
糠と麹に漬ける期間は1年でもよいが、ひと夏だとまだ塩味の角が立っている。ふた夏越すとまろやかになり、旨みも増すという。
塩漬けを経た卵巣と、糠、麹を交互に入れた漬け桶では、乳酸菌や酵母など様々な有用微生物が働きだす。その連携により変敗を招く雑菌が抑えられ、長期保存も可能になる。かつ好ましい風味が生まれる。ここまでは発酵の常識だが、ふぐの子糠漬では毒素の分解も微生物が担う。先人の知恵というのは奥深いものである。
あら与本店
石川県白山市美 川北町ル61
電話:076・278・3370
営業時間:9時~18時(カフェは11時~17時)
定休日:水曜※1月1日~2日は休業。
交通:JR美川駅から徒歩約5分
荒木さんが薦める招福スポット
藤塚神社
※この記事は『サライ』本誌2024年1月号より転載しました。(取材・文/鹿熊 勤 撮影/奥田高文)