メロンの歴史を識(し)る

果皮に特徴的なひび割れ模様があるマスクメロン。マスクとは麝香(じゃこう)の意味で、その馥郁(ふくいく)とした香りと奥行きある甘さは文明開化以降、日本人の舌を魅了し続けた。その歴史をたどる。

扱うのは静岡県産。技術に長けた生産組合の出荷品から、100年以上付き合いがある目利き仲卸が千疋屋基準に合ったものを選ぶ。

千疋屋総本店は、武蔵国千疋郷(現・埼玉県越谷市)で槍の道場を開いていた大島弁蔵が、副業として始めた水菓子屋が起こりである。士分とはいえ暮らし向きは苦しかった。弁蔵は近在の豊富な農産物と縦横の水路で結ばれた船運の利便性に注目。自ら江戸へ売りに出ることを思い立つ。現在の日本橋人形町3丁目にかかっていた親父橋の袂(たもと)に店を構えたのは、天保5年(1834)のことだ。

親父橋( 葺屋町(ふきやちょう)=現在の日本橋人形町3丁目)付近の光景が描かれた再現絵図。創業当時の千疋屋(手前)の雰囲気がよくわかる。
「水くわし安うり処」と書かれた創業当時の看板(後年の復元品)。今も千疋屋総本店1階の店頭に掲げられている。

水菓子は果物の別名だ。弁蔵は野菜も扱ったが、当時貴重な甘味だった桃、西瓜 、まくわ瓜などは収穫翌日には届く鮮度のよさもあって評判を呼んだ。幕末には現在の日本橋室町に店を移し、わが国初の果物専門店に衣替えを図る。

「武家屋敷も贔屓(ひいき)筋でした。維新後は政府の重鎮の愛顧を受けました。西郷(隆盛)さんは、夏になると千疋屋から西瓜が届くのを心待ちにしていたそうです」

こう語るのは千疋屋総本店営業本部の神崎学さんだ。

国のありようは大きく変わったものの、贈答の習慣や接遇の儀礼はその後も社会に受け継がれた。そして、西洋の技術や文化を吸収しようという機運の中で進んだのが、魅力的な農作物の導入だった。

マスクメロンは英国で開発された品種だ。実が生長するにつれ果皮にひびが入り、それがコルク化するネットメロンの仲間である。のちに高級メロンとして不動の地位を築くのはアールス・フェボリットという品種系統。伯爵のお気に入りという意味が示すように、貴族階級が社交の席で使うメロンとして19世紀末に作出された。

華やかさの背景にある難しさ

「イギリスでもそうですが日本の気候では露地栽培は困難とされています。デリケートで病気にも弱い。ガラス温室での管理が前提で、地面から病原菌が感染しないよう専用の培養土を入れた隔離ベッドで栽培しています」(神崎さん)

日本で栽培技術が確立するまでには相当な失敗と苦労があったと語られている。だが、その味には諦めがたい魅力がある。千疋屋は自ら西洋果物の研究と生産に乗り出し、大正3年(1914)には現在の世田谷区上馬に3000坪の農園を開設。ガラス温室も5棟建てている。

以後、マスクメロンは千疋屋の新看板になるとともに、高級メロンの代名詞へ育っていくのである。

大正3年に開設された千疋屋の大農場。マスクメロンの研究と栽培を行なったガラス温室も見える。イチゴなども栽培。
マスクメロン桐箱入り(1.3kg)1万7280円より。マスクメロン100%果汁のジュースは2500円。カットメロンとメロンシャーベットがふんだんに入ったマスクメロンパフェは3500円。

千疋屋総本店


東京都中央区日本橋室町2-1-2 日本橋三井タワー内
電話:03・3241・0877
営業時間:1階メインストアは10時~18時、2階フルーツパーラーは11時~21時(ラストオーダー20時30分)
定休日:不定

ひと株に1果だけの贅沢栽培

水分や栄養が理想的な速度で滞りなく供給されると、実に浮出するコルク質の網目は細かく美しくなり、丸みも整う。外観は味を保証する。
ガラス温室に設けられた栽培ベッドは日射を効率よく吸収できる高さになっている。水と肥料の管理も厳格に行なわれる。

一般的なメロンはひと株から2〜3本の蔓を伸ばし、それぞれの蔓から1〜2果を収穫する。高級メロン(マスクメロン)ではひと株に1果という栽培方法をとる。栄養がひとつに集まることで大きさも味わいも増す。実の付け根に残すT字形の蔓は、前後にはほかの実がないことを示すことから始まった習慣とされる。

撮影/高橋昌嗣 写真提供/千疋屋総本店

日本でマスクメロンの栽培に初めて挑んだ福羽逸人

福羽逸人(ふくば・はやと) 。1856年、石見国津和野藩士の三男に生まれる。幼少期から果樹園芸に興味を持ち、内藤新宿試験場実習生に。技術官僚として日本農業の近代化に貢献。

日本で最初にマスクメロンが栽培された場所は現在の東京・新宿御苑。元は牧畜園芸の改良を目的とする明治政府の農業試験場だった(内藤新宿試験場)。その機能がよそへ移ると、西洋式庭園を兼ねた皇室の御料施設として活用されるようになる。

宮中晩さん会は西洋式と定められたため、献立にふさわしい食材の国産化が急務になっていた。任にあたったのが農学博士の福羽逸人(ふくば・はやと)だ。ブドウ、イチゴ、オリーブなど今後の日本で必要になると判断した作物を欧州から導入。栽培技術の研究を急ぐとともに、日本の気候風土に合わせる品種改良にも取り組んだ。

マスクメロンも福羽が力を入れた作物だ。当初は木枠にガラスを嵌め込んだ小型温床で栽培したが、思うような甘さや食感に育たない。その試行錯誤も基礎となり、明治末期には営利栽培の方法も確立。民間へも伝授され市場には大正期から出回るようになった。

内藤新宿試験場の初期の西洋風温室。大型の総ガラス張り温室だ。後継施設が熱帯・亜熱帯植物を中心とした展示園として公開中。
日本で高品質なネットメロンを栽培することは想像以上の難題だった。写真は大正時代に作られた標本。

頭はあっさり。お尻は濃醇。食べる順序も意識したい

1個のメロンも位置で味が異なる。蔓寄りは食感も味もあっさり。お尻に向かうほど柔らかく濃醇な甘さに。撮影/高橋昌嗣

品質管理が個々に徹底されているマスクメロンの場合、当たり外れは少ない。ただし食べるタイミングで印象は左右される。千疋屋総本店では商品ごとに食べ頃の日付を入れている。おすそ分け品など日付が不明な場合は尻の部分の柔らかさや香りで判断する。ただ、柔らかすぎたり香りが強いものは過熟の可能性がある。熟すまでは常温保存、熟してからは冷蔵保存するが、食べるときは冷やしすぎないこと。冷蔵庫に入れて3時間程度が食べ頃だという。

写真提供/環境省新宿御苑管理事務所 参考/『福羽逸人 回顧録』(監修・環境省自然保護局、発行・国民公園協会新宿御苑)

※この記事は『サライ』本誌2022年8月号より転載しました。

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