取材・文/藤田麻希
古来、日本の絵画は、奥行や陰影を表すことに、さほど重きを置いてきませんでした。「鳥獣人物戯画」や尾形光琳の「燕子花図屏風」を思い浮かべてみてください。影は描かれませんし、遠近法も用いられていません。しかし、江戸時代中期から、西洋の版画やオランダの絵画、中国の沈南蘋(しんなんぴん)の写生的な作品が日本にもたらされ、それら海外の新しい表現に刺激を受けた絵師が、本物のように(リアルに)描くことを試みるようになります。
そんな、江戸絵画における「リアル」に注目した展覧会《リアル 最大の奇抜》が、東京の府中市美術館で開催されています(~2018年5月6日まで)。
冒頭に展示されるのは、動物画で著名な大坂の画家、森狙仙(もりそせん)による巻物です。鼠、犬、猫、豚、象、馬、虎、熊、イタチ、狸など、様々な獣が描かれます。狙仙が得意とした、細い線を無数に引いて動物の毛を表す「毛描き」によって、ふわふわとした質感まで伝わってきます。妙に陰影が強いことも、一層、本物らしさを強めています。
一方で、虎の隣に熊がいたり、アライグマのような動物の上にイタチ(あるいはテン)が前足をかけていたり、現実的ではない配置やポーズも見受けられます。また、動物は詳細に描かれるのに対して、背景の描写はさっぱりとしています。「リアル」と一口に言っても、現代人が慣れ親しんでいる、現実をそっくりそのまま再現する「リアル」とは違うようです。
次は、絹地に油絵の具で描かれた中国風の美人画です。描いたのは、司馬江漢(しばこうかん)という、日本で初めて腐食銅版画(エッチング)を制作し、油絵も手がけた絵師です。
女性の顔や手、衣の襞などに油絵ならではの陰影が施されます。外の景色には遠近法が用いられます。それも、水墨画にあるような、霞がかかった切り立った崖などとは異なり、青空のもとのなだらかな山々が描かれ、新しい雰囲気が漂います。現代人からすると、油絵という洋風の画材で中国をテーマにすること自体が、不思議で魅力的に感じられます。
ここまでは比較的わかりやすい「リアル」な作品ですが、会場には何がリアルかわかりにくい作品もあります。
例えば円山応挙が描いた「大石良雄図」はどうでしょうか。一見、忠臣蔵でお馴染みの大星由良之助(大石良雄)を中心とした、単なる男女の群像なのですが、こちらの作品は、じつは人物を等身大で描いた点で画期的なのです。
さらに、細部を見ていくと3人の足や手の形が着物から透けて顕になっています。日本美術には肖像画の分野で人物を単体で大きく描いた絵がありますが、このような群像で、しかも、本物らしく描くことに注力した等身大の作品は極めて珍しいです。実物を目の前にすると、その奇妙さに心がざわざわとして不思議な気持ちになってきます。
応挙は、「写生」を重視し、京都画壇に新風を巻き起こした画家です。しかし、江戸時代の人にとっては革新的な写生であっても、西洋の絵画や写実的な絵を見慣れた現代人が新しさを感じられるとは限りません。どのような点に気をつけたて鑑賞したらよいのでしょうか。府中市美術館学芸員の金子信久さんに伺いました。
「写実的な絵を見慣れた現代人が、もし江戸時代のリアルな絵画の斬新さを感じられないとしても、それは仕方ないことです。いくら想像の目を働かせたところで、感じられないものは感じられないかもしれません。それよりも、現代人が見慣れている近代絵画や西洋絵画の迫真表現とは違う、さまざまな独得の表現手法の面白さに着目することのほうが、作品の新鮮さを味わうための有力な手段になるかもしれません」
近代絵画や西洋絵画とは違う独自の表現手法、という点でご紹介したいのが、祇園井特(ぎおんせいとく)の「美人図」です。喜多川歌麿の浮世絵などと同じ、上半身を大きくトリミングする大首絵の構図ですが、歌麿が描く類型化された美人とはどこか違います。
ねっとりとした白粉の白、大きな目鼻、妙なグラデーションの上唇に、当時流行った玉虫色の下唇。特徴を克明に表そうとした結果、理想的な美しさからはかけ離れた、独特の美人図に仕上がっています。
会場で「普段見ている絵と何かが違う」と感じたら、足を止めてじっくりご覧ください。きっとそこには、リアルを追求した江戸時代の絵師の痕跡があるはずです。
【展覧会概要】
『春の江戸絵画まつり リアル 最大の奇抜』
■会期:2018年3月10日(土)~5月6日(日)まで
*全作品ではありませんが、大幅な展示替えを行います。
前期 3月10日(土曜日)から4月8日(日曜日)
後期 4月10日(火曜日)から5月6日(日曜日)
■会場:府中市美術館
■住所:〒183-0001 東京都府中市浅間町1-3(都立府中の森公園内)
■電話番号:03・5777・8600(ハローダイヤル)
■開室時間:10時~17時(入場は閉館の30分前まで)
■休館日:月曜(4月30日は開館)
■公式サイト:https://www.city.fuchu.tokyo.jp/art/
取材・文/藤田麻希
美術ライター。明治学院大学大学院芸術学専攻修了。『美術手帖』
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