日本画家にして挿絵画家の北村さゆりさん。還暦を迎えた今年、特別な思いで個展を開催している。

絵師北村さゆり――。

本業日本画家。時々挿絵画家……のはずだった。

しかし、挿絵を描くそのセンスと才能には、「時々」ではすまされないものがあった。高橋三千綱、宮部みゆき、山本兼一、安部龍太郎などの芥川賞や直木賞受賞者の作品のための挿絵や装丁に、北村さんの力量は存分に注がれ、それぞれの作家の著作の一部として溶け込んでいる。

「自分のことを挿絵画家、という風に思ったことはあまりないんです。日本画家で、絵師、そう思っています」

そう語る北村さんの還暦を期しての個展が、故郷の静岡県藤枝市にあるアートカゲヤマで開催されている。個展の副題は「ツナガルコト」。日本画と挿絵、過去から現在そして未来の北村さゆりという画家をつなげているもの、をテーマにした画展だ。JR藤枝駅から車で約5分。その「つながり」を探りに画廊を訪れた。

アートカゲヤマ画廊の1階には主に従来の北村さんの日本画作品と、俳句誌の挿絵に使われた日本画。2階には、学生時代の作品、30代の作品、 今期の直木賞有力候補だった今村翔吾の時代小説『羽州ぼろ鳶組』シリーズの装丁の原画、『サライ』で連載中の安部龍太郎著「半島をゆく」の挿絵原画が展示されている。

藤枝のアートカゲヤマ画廊で開催中の北村さんの個展。写真は『サライ』連載中の「半島をゆく」に掲載された北村さんの挿絵の原画コーナー。

「半島をゆく」は、2013年から始まった紀行連載。北村さんは2017年の国東半島編から挿画を担当している。その挿画のコーナーでは、何人もの観客が立ち止まって感嘆の声を上げる。

35点余りが壁いっぱいを埋め尽くす「半島をゆく」の挿画群は圧巻。取材に同行してその場でスケッチを描いた北村さんが、旅を思い出しながら1枚1枚、展示する場所を決めて組んだ構成だ。

「『半島をゆく』で知っていただいた方が、私の日本画を見ると、まるで別人の絵に見えるかもしれませんが、20~30代の絵を見れば、ああ同じ画家だな、つながっているな、とわかってもらえると思うんです」

国東半島の摩崖仏や、鎌倉の切通、津軽海峡を泳ぐイルカ、戊辰戦争で敗れた会津藩士が“流された”下北半島の冬景色、しまなみ海道の洋々とした海と島々……旅情をそそられる絶景を描いた画稿ばかりだ。

「まさか自分が風景画というものを描くなんて思ってもいなかったんです。でもこのお仕事を頂いて、チャンレンジしてみよう、と」

取材旅行では、時間を忘れてひたすら目の前に広がる景色を描く北村さん。スケッチは大好きで、どこへ行っても必ずスケッチを描くという。それでも、従来は花や目に留まった情景をスケッチすることが多かった。それが、「半島をゆく」では、本人曰く苦手という建造物や壮大な景色を描くことが多い。

「 見たままの景色を描くことは、 すごく勉強になっています。1枚の絵の中で、何を足したり引いたりすることで作品として完成するのかを計算する力がついたように思います」

鎌倉の切通にて。「半島をゆく」の取材先ではいつも、無我夢中に何枚もスケッチを描く。

最初に描いた国東半島編での宇佐神宮・弥勒寺跡の礎石や、最近描いた佐渡編の金山の割戸は、特にお気に入りの挿画作品だという。

「半島絵の初期の頃の作品、今ならもっと自分に引き寄せて描ける気がします。佐渡など、また行きたい、もっと描きたい場所もたくさんあります」

楽しくてたまらない、といった様子で語る北村さん。挿絵の進化が日本画の力にもなっているという。

過去、現在、そしてこれからという縦糸と、日本画・挿絵という横糸が織りなす北村さゆりさんの世界の一端を垣間見た気がする。

2017年から『サライ』で連載中の「半島をゆく」のチームに加わった北村さん。写真以上に旅情を誘う挿絵を描いてきた。

北村さゆり
昭和35年、静岡県生まれ。多摩美術大学大学院美術研究科修了。日本画を描く傍ら、小説本の表紙絵や新聞連載小説挿絵、文芸誌挿絵など幅広く活躍。最近では雑誌『サライ』で連載中の「半島をゆく」の挿絵の他、宮部みゆき『三鬼―三島屋変調百物語四之続』単行本表紙、月刊誌『ひととき』で連載中の西山克著『中世不思議ばなし』をまとめた単行本『中世ふしぎ絵巻』の挿絵、今村翔吾の『羽州ぼろ鳶組』シリーズの装丁などを描いている。

【個展情報】
Kitamura Sayuri
北村さゆり
―ツナガルコトー
アートカゲヤマ画廊 1階&2階ギャラリー
住所:静岡県藤枝市小石川町4-10-28
電話:054-641-5850
会期:2020年7月13日(月)~7月26日(日)
時間:10時~19時(最終日は~16時)
定休日:会期中無休
交通:JR藤枝駅より徒歩約20分、車なら約5分

 

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