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文・絵/牧野良幸

本来ならこの7月に東京オリンピックが開催する予定だったが、新型コロナウイルスの影響で残念ながら来年に延期。そこで今回は1964年(昭和39年)の東京オリンピックの際に制作された映画『東京オリンピック』を取り上げたい。

『東京オリンピック』の公開は1965年。記録映画とは言いながら、堂々たる日本映画だ。なにせ日本映画の巨匠市川崑が監督。多くのカメラマンが動員され、撮影されたフィルムも膨大な量だったらしい。

東京オリンピックが開催された時、僕は小学一年生だった。地元の岡崎を聖火のランナーが走るので、学校から生徒全員で応援に行った。群衆の頭の上を聖火の煙がスーッと通り過ぎたことを記憶している。

しかし「東洋の魔女」と呼ばれた全日本女子バレーボールチームや、重量挙げの三宅選手の金メダルの様子は、6歳にしてテレビっ子だった僕でも中継放送を見た記憶がない。ただマラソンのアベベだけは中継を見ていなくとも知っていた。アベベは王や長島、大鵬と同じくらい、子どもたちに有名なスポーツ選手だったのだ。

『東京オリンピック』も公開当時は観ていない。映画は開会式から閉会式までを追い、各競技の様子が映像でとらえられている。こう書くと、よくテレビで放送されるダイジェストの総集編を思い浮かべる人もいるだろうが、この映画はそれとはまったく違う。市川崑の監督らしく芸術的な映画なのである。それは最初の陸上100m決勝のシーンで明らかだ。

「スタート前の選手たちは緊張のあまりか、むしろ悲しげに見える……」

いきなりこんなナレーション。スタート前の準備をする選手たちがスローモーションでとらえられ、不吉な調子の音楽が流れる。この時点で普通の記録映画とは思えない。

市川崑が描きたかったのは、ひとりの人間としての選手の姿だった。確かに有名選手や花形競技は映像時間も長いが、勝利とか順位といったものからは距離を置いた視線である。それよりも望遠レンズによる大写しの表情、身体の動き。それらが映像美として切り取られている。

音も独特だ。実況のアナウンサーの声は必要な時以外は入れない。観客の歓声さえ邪魔となればカットしている。静寂のなかに聞こえるのは選手の息遣いや土を踏む音、ボールを叩く音ばかり。

映像と音を切りつめた結果、残ったのは選手のむき出しの姿だけになる。スクリーンの中の選手は孤独で無心だ。

とはいえ、手に汗を握ってしまうシーンも多い。ワンカットでトラックを走る選手をとらえた陸上女子200m決勝や、柔道無差別級の神永選手とヘーシンク選手との緊迫した試合がそうだ。

女子バレーボールの決勝である日本対ソ連戦。これも日本が金メダルを取るとわかっているのに、マッチポイントでのソ連の追い上げにハラハラする。

「日本14点、ソビエト13点、大変なゲームになりました!」

市川監督もここからは実況をそのまま流すから、ライヴ中継を観ているような気になってしまう。最後にようやく日本が勝利すると心の中でガッツポーズ。

「日本勝った! 日本、金メダルを獲得しました!」

しかし、このあとがやはり市川崑である。

日本が勝った瞬間、普通なら華やかな音楽が流れるのに、映画では暗く不安な音楽が流れるのだ。涙を流す日本選手が負けたから泣いているようにさえ見える。しかし不思議だ。そのまま表彰式のシーンにうつり、「君が代」の旋律が流れると雲が切れるように気持ちが明るくなり、金メダルの喜びがフツフツとわいてくるのだから。

最後のマラソン、日本の円谷選手が2位で国立競技場に戻ってくるシーンも気楽に見ることができない。後ろにはイギリスの選手が迫っている。

「円谷ガンバレ、円谷ガンバレ!」とアナウンサーの声。

しかし円谷選手が後続のランナーに抜かれると、「あー!」僕も思わず叫んでしまった。半世紀以上も前の出来事なのに、まるで今見ているかのようだ。筋書きのないドラマはたとえ芸術映画でも熱くなる。円谷選手は3位となったものの、国立競技場に初めて日の丸が上がった。

マラソンと言えば優勝したアベベはやはり印象的だ。カメラは表情を変えず黙々と走るアベベを追う。沿道では選手を応援する人々。マラソンにかぎらず、この映画では観客の姿も様々に記録している。日本人だけでなく外国人の観客も。子どもも多い。日の丸を振る坊ちゃん刈りの子どもが映ると、当時の自分を見ているようだ。

この映画を観ると、やはりオリンピックをこの目で見たいと思う。無心に競技に向かう選手の姿を見たいと思う。来年の東京オリンピックが無事開催してくれることを祈りたい。

【今日の面白すぎる日本映画】
『東京オリンピック』
公開:1965年
製作:オリンピック東京大会組織委員会
配給:東宝
カラー/170分
製作総指揮:市川崑
監督:市川崑、渋谷昶子(バレーボール)、安岡章太郎(体操)、細江英公
脚本:和田夏十、白坂依志夫、谷川俊太郎、市川崑
音楽監督:黛敏郎

文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』『オーディオ小僧のいい音おかわり』(音楽出版社)などがある。ホームページ http://mackie.jp

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