文 /池田輝男
お母さんが自転車に乗る子どもへ「飛び出しちゃダメよ」「車に気をつけなさい」と声をかけたにもかかわらず、子どもはむしろ元気いっぱいに走り出して、人にぶつかったり、車にはねられて事故に遭ってしまう。
このようなケースはいまも昔も、いくらでも例のある不幸な出来事です。
「子どもだから仕方がない」
そう思ったあなたは黄色信号です。同じように“事故”を起こさせる言葉がけを部下にしてしまっている可能性が高いです。
じつは、人間は「不幸を描く天才」です。
これは脳の構造上の問題で、人間は何かを言われた時に、その冒頭部分の言葉を無意識のうちに受け取ってしまう生き物なのです。母親の口から出た「飛び出しちゃダメ」の「飛び出す」という部分を子どもの脳は受け取り、文字どおり飛び出してしまう、ということです。
この脳と言語が密接に関係している話は、NLPの世界では常識です。NLPとは「Neuro Linguistic Programing(神経言語プログラミング)」の略称で、「脳と心の取扱説明書」とも呼ばれる最新の心理学です。
特にマイナスの言葉はよりリアリティを持って脳に伝わります。私たちの業界のケースでいえば「事故しないように気をつけてね」とドライバーを送り出したりすると、事故が起こりやすくなります。
普段からニュースや動画サイトなどで見ている事故の映像が「過去の行動」としてすべて無意識内に保存されていて、そのイメージが、ふと投げかけられた言葉によって表に出てくるのです。
こういうことを避けるために、私の会社では「元気に帰ってきてね、よろしくね」などの具体的な肯定的表現を意識的に使うようにしています。
「不幸を描く天才」を生み出さないためにも、教える側が気をつけるべき言葉づかいを心がけるようにしましょう。具体的には、「マイナスのアンカリングを避ける言葉づかい」です。
個々の従業員が使う言葉のすべてを、上司や管理側がコントロールできるはずはありません。ですからせめて、部下や現場に対して何かを指示する側として、声をかける際の言葉づかいをいまのうちに意識してプラスへとシフトチェンジしてもらいたいのです。
・ミスをするな→手順どおりに作業をする
・ケガしないように気をつけて→安全に帰ってきてね
・脇見運転をしない→前を見て運転する
・飛び出さない→左右を見て安全なら進む
・散らかさない→物はきちんと整えて
といったような感じです。
部下に成功してほしくない、お客様とトラブルを起こしてほしい、と考える上司は一人もいないはず。声をかける側の意識や気づかいひとつで「不幸を描く天才」を減らせるのであれば、これも丁寧仕事人の役割だと私は思います。
「笑顔、安全、迅速、丁寧、確実」。これが究極の丁寧仕事人
もしもあなたが管理職として、仕事で一番重要なところを誰かに任せないといけないとしたら、どんな人に任せたいですか?
表現はいろいろとあると思いますが、いってみれば「こいつに任せておけば大丈夫だ」と思える人ではないでしょうか。では、そう思える人材とは、具体的にどんな人でしょう。どんなことを兼ね備えている人材だったら、そう思えるでしょうか。
私は人材を育成することの総まとめとして、次のような人だと思います。
それは、「笑顔、安全、迅速、丁寧、確実」で仕事をできる人。これが丁寧仕事人の究極なのだと私は考えています。
ここまでお伝えしてきたことをひっくり返すように聞こえてしまうかもしれませんが、丁寧だけでは本当の丁寧仕事人とはいえません。
人間、その気になれば丁寧に仕事をしようと思えばいくらでもできてしまいます。それこそ、気の済むまでこだわってやれば、最終的に丁寧に仕事をしたように見えるでしょう。
ですが、仕事には納期があります。いつまでもお客様をケアし続けたり、一つの業務に集中し続けているわけにはいきません。
丁寧を仕事で武器にできる人材を育てるためには、丁寧だけではダメです。迅速であることもまた必要なことだといえます。
まず笑顔があって(愛嬌があったり人当たりがよかったりして)、仕事を安全に進めることができ、その上で一つひとつの所作や作業が丁寧で、しかも規定時間どおりに終わらせる迅速さがあってこそ、仕事は確実にこなすことができます。
そして、このような人材こそ、管理する側にとって「あいつに任せておけば大丈夫だろう」と思える人材だと私は考えます。
本章でお伝えしてきたことは丁寧仕事人を育てるための基本的な考え方やマインドの話でしたが、やはり最終的にどんな人材を育てたいかを明確にしておくほうが、求める人材は育ちます。
「笑顔、安全、迅速、丁寧、確実」で仕事をできる人はあくまでも私が私の会社で求める人材像ですが、あなたの会社で求める人材の基準として使っていただくもよし、カスタマイズしていただくもよしです。
あなたの会社にふさわしい丁寧仕事人を育成してください。
池田輝男
池田ピアノ運送株式会社代表取締役。1970年、千葉県野田市生まれ。42歳で池田ピアノ運送株式会社の代表取締役に就任。 グループ4社220名のスタッフと12営業所を束ね、ピアノ・大型家電、ピアノ・大型家電・フィットネス器具、OA機器・通信設備機器・音響製品・印刷機器など大型精密機器の全国配送設置工事および大型モニターを使用したオンライン環境提供サービス、企業研修コンサルティングなどを手がけ、書籍「丁寧」なのに仕事が速い人のヒミツも発刊し、増刷決定。「丁寧さと迅速さ」を信条に、同社をピアノ運送業において業界ナンバー1の企業に成長させた。人生のミッションは「日本一、お客さんからありがとうを集めること」
『「丁寧」なのに仕事が速い人のヒミツ』