文 /池田輝男

自社の採用に踏み切った際に一度はこんな経験をしたことがあるのではないでしょうか。

ある入社3年目の社員は能力があり、パフォーマンスも高い。しかし我が強く、上司の言うことよりも自分の考えを優先する。そして、力をつけて最後には会社を去っていく。

採用市場では新卒社員を一人採用するのに2億円のコストがかかるともいわれます。しかし、パフォーマンスは高いが、我の強い社員。このような人財は本当に採用すべきなのでしょうか。

今から、私たちの考える「人財=素直な人」についてお伝えしていきたいと思います。

人材育成は採用の段階から始まっている――そういう考え方があります。
 
雇ってから一つひとつ教育していくのではなく、そもそも会社が求めている人材像にフォーカスし、そこにマッチした人を採用する。そして、その時点からすでに人材育成は始まっている、というものです。
 
私の会社では、とくに高学歴の人材を求めるようなことはありません。有名大学出身者だと、自社文化には合わないことが多いのです。
 
それよりは、求めるのは「素直な人」です。高学歴ではなくても、新卒世代ではなくても(中途採用でも)、素直であることによって、教育次第で丁寧仕事人に育て上げることができるからです。

「素直である」の定義は「成功例を持っている人の言うことを聞けること」です。逆に素直じゃない人は「自分が納得しないと動かない人」だと定義しています。
 
一見すると、素直じゃない人の定義は「自我を持ったしっかり者」に見えるかもしれません。確かに、それは間違いではないのですが、新人の場合、それでは伸び率が変わってきます。
 
そこには「守破離」の考え方があるからです。
 
守破離とは、物事を実行するための基本姿勢で、まずは教わったことを徹底的に「守」るところから始まります。
 
そうやって経験を積み、型を身につけることができたら、初めて他の分野でのやり方や考え方と照らし合わせ、自分に合ったよりよい方法を模索し、教わってきたことを「破」ります。
人材を育てるということは、ロボットを作ることとイコールではありません。むしろ、それではマニュアルを維持するだけの人材になってしまいます。
 
そうではなく、丁寧仕事人としての型を身につけた上で、お客様に合わせたサービスを臨機応変に対応できる人材に育てる必要があります。
 
だからこそ、まずは「守」で教える側が伝える型を身につけなければいけません。そのためには、言われたことを最初は行動してみる素直さが必要になるのです。
 
私がまだ新人だったころ、ピアノを運ぶ時に先輩から「前を持て」といつも言われていました。先輩の言う「前」とはグランドピアノの天板側のところで、そこを支えることで、少しの力でバランスを取ることができるのです。  最初は、私は先輩の言う意味がわかりませんでした。ですが、とりあえず言われたとおりにやっていると、安全かつ楽にピアノを運べることがわかり、繰り返しているうちにその原理がわかるようになってきました。

要するに、言われたとおりにやっていたことで“腹落ち”を体験できたのです。

社会は長距離マラソン。素直な人が勝つようにできている

また、実際に会社を経営し、数多くの人材を育ててきた経験から言っても、素直な人のほうが成長のスピードは速い実感があります。
 
「素直な人=行動に移せる人」でもあるので、トライ&エラーを繰り返すことができ、すると経験値がたまりやすく、ある瞬間からグッと伸びるのです。
 
頭脳が優秀な人だけど行動が遅い人と、頭脳は普通だけど行動が早い人がいるとします。
これを受験勉強のような短距離レースで照らし合わせると前者が勝ちます。
 
けれども、社会というものは長距離レースです。今日の勝利が永遠に続くこともなければ、今日の失敗ですべてが終わってしまうこともありません。一進一退を繰り返しながら、長いスパンで考えていかなければいけません。そんな世界では、後者のほうが勝ちます。
 
人材を採用する時は即戦力を求める傾向が現代は強くなっていますが、素直ではない即戦力よりも、素直な“白いキャンバス”を採用し、根気よく教育していくべきなのです。

当社に入社2年目の採用担当の女性社員がいます。彼女はスーパー「ド素直人間」です。ある時に新しい仕事を任せた際、最初は「私はそういうの苦手なんだよな……」と思ってしまったようです。それでも「まずはやってみる」の精神で立ち向かい成果を出しました。成果が出ると自分の成長につながることに気づいた彼女は、今は「新しい仕事を与えられるチャンスを誰よりもつかみたい」と言うくらいに変化していったのです。


池田輝男
池田ピアノ運送株式会社代表取締役。1970年、千葉県野田市生まれ。42歳で池田ピアノ運送株式会社の代表取締役に就任。 グループ4社220名のスタッフと12営業所を束ね、ピアノ・大型家電、ピアノ・大型家電・フィットネス器具、OA機器・通信設備機器・音響製品・印刷機器など大型精密機器の全国配送設置工事および大型モニターを使用したオンライン環境提供サービス、企業研修コンサルティングなどを手がけ、書籍「丁寧」なのに仕事が速い人のヒミツも発刊し、増刷決定。「丁寧さと迅速さ」を信条に、同社をピアノ運送業において業界ナンバー1の企業に成長させた。人生のミッションは「日本一、お客さんからありがとうを集めること」

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