文/池上信次
今回は第47回の間接的な続きです。そこでは、「ピアニストのビル・エヴァンスは、積極的にエレクトリック・ピアノ(エレピ)を使用し、多くのアルバムを発表していましたが、〈エヴァンス=アコースティック・ピアノ〉の固定観念や定説によってそれらは覆い隠されてしまった」と紹介しました。これは、さらにその前段階に「モダン・ジャズはアコースティック」という強いイメージがあるところからきている思われます。エヴァンスの誤解は解けたと思いますが、まだ(エヴァンス以外の)「モダン・ジャズのピアニストはエレピを弾かない」と思っていませんか? これも違います。そういった思い込みはジャズの楽しみを狭めてしまいますよ。ということで、今回は「エレピを弾くモダン・ジャズ・ピアニスト」の紹介です。
まずはオスカー・ピーターソン(1925〜2007年)。この巨匠中の巨匠にもエレピを使ったアルバムがあります。それも、アルバム全曲で使っているのです。録音は1979年。メンバーは当時のレギュラー編成、ギター入りカルテット「ビッグ4」です。ピーターソンのほかは、いつものアコースティック編成ですが、興味深いのは、エレピはフェイズシフターなどのエフェクターもガンガン使っていること。さらに面白いのは、せっかくエレピだからということなのか、1曲だけガラリと趣を変えて、ファンク・ブルースをやっているのです。ジョー・パスのエフェクト付きカッティングやニールス・ペデルセンのエレクトリック・ベース(スラッピングまで!)はかなり貴重な演奏でしょう。なお、ピーターソンは1980年代にローランドのエレピのTVCMに出てもいます。
(1)オスカー・ピーターソン『ナイト・チャイルド』(パブロ)
つづいては、ハンク・ジョーンズ(1918〜2010年)。ビ・バップの時代から活躍、マイルス・デイヴィスの名演「枯葉」で知られるキャノンボール・アダレイ『サムシン・エルス』(ブルーノート)での演奏も有名ですね。アコースティックの極致のイメージですが、1976年の『ジョーンズ〜ブラウン〜スミス』では、アルバム全8曲のうち4曲でエレピを弾いています。編成はピアノ・トリオ。ブルースやスタンダードが、アコースティック・ピアノの曲とまったく違和感なく並びます。
(2)ハンク・ジョーンズ『ジョーンズ〜ブラウン〜スミス』(コンコード)
そして、トミー・フラナガン(1930〜2001年)。「フラナガンも?!」という声が聞こえてきそうですが、1978年にピアノ・トリオ編成でエレピの録音があります。自身の作曲によるタイトル曲はボサ・ノヴァ風。これを弾くためにエレピを使ってみたかったのか、と思わせるいい雰囲気があります。
(3)トミー・フラナガン『サムシング・ボロウド、サムシング・ニュー』(ギャラクシー)
最後にもう1枚。1955年の『ザ・トリオ』のシリーズ(コンテンポラリー)が有名なハンプトン・ホーズ(1928〜77年)です。ピーターソンとフラナガンと同世代のホーズですが、72年に突如エレクトリック・サウンドを導入、ジャズ・ファンクに転身を図ります。たいへん意欲的なサウンドなのですが、50年代の印象が強すぎ、その差が激しすぎるからかこの時代の活動が紹介されることは少ないようですね。ホーズはこの後ますますエレピとシンセに傾倒していきました。
(4)ハンプトン・ホーズ『ユニヴァース』(プレスティッジ)
このように、「モダン・ジャズ・ピアノ」はけっしてアコースティック楽器限定ではありません。ジャズは自由な音楽なのです。
文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。先般、電子書籍『プレイリスト・ウィズ・ライナーノーツ001/マイルス・デイヴィス絶対名曲20 』(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz/)を上梓した。編集者としては、『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『小川隆夫著/伝説のライヴ・イン・ジャパン』、『村井康司著/あなたの聴き方を変えるジャズ史』(ともにシンコーミュージックエンタテイメント)などを手がける。