名刀を鑑賞するなら、刀を愛した戦国武将や、高名な刀匠が作刀に勤しんだ産地こそふさわしい。武将ゆかりの尾張(愛知県)、刀匠ゆかりの備前(岡山県)を旅してみたい。
数奇な運命を経た長光の最高峰
太刀銘 長光
【名物 津田遠江長光】
名刀の旅(2) 尾張
徳川美術館 ●名古屋市東区
御三家・尾張徳川家伝来の“名物刀剣”を鑑賞する
慶長12年(1607)、徳川家康の九男・義直(1600~50)を家祖として成立した尾張徳川家は、徳川御三家の中でも最高の格式を誇った。尾張徳川家に伝来した宝物を収蔵する「徳川美術館」は、末裔の邸宅跡に立つ。学芸員の並木昌史さん(50歳)が見どころを解説する。
「当館には、通称がついた“名物刀剣”が数多く伝わっています。刀剣は作品の出来栄えだけでなく、由緒来歴も重要。高名な武将が所有したり、偉人の命を救ったなどの伝説が伴う刀剣は通称で呼ばれ、珍重されたのです」
同館の刀剣の中でも数奇な運命を辿った一口が、国宝『名物 津田遠江長光』だ。織田信長の安土城から明智光秀(1528~82)が奪い、何人もの所有者を転々とした後に徳川家に伝来。“津田遠江”は光秀から太刀を与えられた家臣の名に由来する。豊臣秀吉の子・秀頼(1593~1615)から家康に伝わった『名物 南泉一文字』のように、切れ味の鋭さを中国の故事になぞらえた例もある。
家康は無類の刀剣愛好家
家康は熱心な刀剣愛好家だった。自らの意志で積極的に蒐集したことが、名物刀剣が伝わった要因とされる。家康の死後に作成された遺産目録『駿府御分物御道具帳』では、はじめに刀剣の目録があり、重要視していた様子がうかがえる。
「家康は高い審美眼と美意識の持ち主で、鎌倉武士への憧れから正宗を多く手元に置き、当時から珍重された京物も蒐集しています。また、目利きに秀でる本阿弥光徳(1554~1619)を鑑定家として雇いました。光徳は刀剣のことであれば、家康に意見することもあったほどです」(並木さん)
藩主や大名から献上された刀剣も多い。並木さんがこう語る。
「大名家の跡継ぎが将軍にお目にかかる際、献上品として刀剣が用いられました。また、正式に将軍に挨拶する際には、重要度に応じて太刀を贈る慣例があり、刀剣は儀礼に欠かせないものでした」
武士や大名にとって、刀剣は武器を超えた存在だったのである。
梨子地刻小サ 刀拵
【名物 南泉一文字】
●徳川美術館
愛知県名古屋市東区徳川町1017 電話:052・935・6262 開館:10時~17時(入館は16時30分まで) 休館日:月曜(祝日の場合は翌日)、年末年始 料金:1400円 交通:JR・名鉄・名古屋市営地下鉄大曽根駅下車、徒歩約10分 4月8日(水)~5月11日(月)まで全館臨時休館致します。なお、今後更に予定の変更がある場合には、ホームページ等でお知
立ち寄り処 宝善亭
参拝者に愛され続ける名古屋の郷土料理を堪能
徳川美術館の敷地の一角に立つ。『宝善亭』の店名は、尾張藩14代藩主・慶勝(1824~83)が揮毫した書から採られたもの。昭和10年に完成した和洋折衷の帝てい冠かん様式の建築「徳川美術館本館」や、四季折々の変化が楽しめる庭園を眺めながら、季節に合わせて考案された会席料理を味わいたい。
●宝善亭
愛知県名古屋市東区徳川町1017 電話:052・937・0147 営業時間:11時~21時(夜間は予約制) 定休日:月曜(祝日の場合は翌日)交通:JR・名鉄・名古屋市営地下鉄大曽根駅から徒歩約10分 席数120。
※この記事は『サライ』本誌2020年5月号より転載しました。
取材・文/山内貴範 撮影/高橋昌嗣