名刀を鑑賞するなら、刀を愛した戦国武将や、高名な刀匠が作刀に勤しんだ産地こそふさわしい。武将ゆかりの尾張(愛知県)、刀匠ゆかりの備前(岡山県)を旅してみたい。

数奇な運命を経た長光の最高峰

太刀銘 長光
【名物 津田遠江長光】

太刀 銘 長光 【名物 津田遠江長光】

信長の愛刀で安土城に置かれていたが、本能寺の変の後に明智光秀が奪い、家臣の遠江国守護・津田重久(1549~1634)に与えた。その後も所有者を変え、江戸幕府6代将軍・家宣(1662~1712)が尾張藩4代藩主・吉通(1689~1713)に下賜し、現在に至る。優美な刃文が特徴。国宝 鎌倉時代 刃長72.4cm 反り2.1cm(写真提供/徳川美術館)

名刀の旅(2) 尾張

徳川美術館 ●名古屋市東区

御三家・尾張徳川家伝来の“名物刀剣”を鑑賞する

慶長12年(1607)、徳川家康の九男・義直(1600~50)を家祖として成立した尾張徳川家は、徳川御三家の中でも最高の格式を誇った。尾張徳川家に伝来した宝物を収蔵する「徳川美術館」は、末裔の邸宅跡に立つ。学芸員の並木昌史さん(50歳)が見どころを解説する。

「当館には、通称がついた“名物刀剣”が数多く伝わっています。刀剣は作品の出来栄えだけでなく、由緒来歴も重要。高名な武将が所有したり、偉人の命を救ったなどの伝説が伴う刀剣は通称で呼ばれ、珍重されたのです」

同館の刀剣の中でも数奇な運命を辿った一口が、国宝『名物 津田遠江長光』だ。織田信長の安土城から明智光秀(1528~82)が奪い、何人もの所有者を転々とした後に徳川家に伝来。“津田遠江”は光秀から太刀を与えられた家臣の名に由来する。豊臣秀吉の子・秀頼(1593~1615)から家康に伝わった『名物 南泉一文字』のように、切れ味の鋭さを中国の故事になぞらえた例もある。

家康は無類の刀剣愛好家

三河に生まれ、次第に頭角を現し、江戸幕府を開いた徳川家康(1542~1616)。死後は東照大権現として神格化された。肖像画は幕府の御用絵師・狩野探幽の筆と伝わる。(徳川家康画像(東照大権現像)部分 伝狩野探幽筆 徳川美術館蔵)

三河に生まれ、次第に頭角を現し、江戸幕府を開いた徳川家康(1542~1616)。死後は東照大権現として神格化された。肖像画は幕府の御用絵師・狩野探幽の筆と伝わる。(徳川家康画像(東照大権現像)部分 伝狩野探幽筆 徳川美術館蔵)

家康は熱心な刀剣愛好家だった。自らの意志で積極的に蒐集したことが、名物刀剣が伝わった要因とされる。家康の死後に作成された遺産目録『駿府御分物御道具帳』では、はじめに刀剣の目録があり、重要視していた様子がうかがえる。

「家康は高い審美眼と美意識の持ち主で、鎌倉武士への憧れから正宗を多く手元に置き、当時から珍重された京物も蒐集しています。また、目利きに秀でる本阿弥光徳(1554~1619)を鑑定家として雇いました。光徳は刀剣のことであれば、家康に意見することもあったほどです」(並木さん)

藩主や大名から献上された刀剣も多い。並木さんがこう語る。

「大名家の跡継ぎが将軍にお目にかかる際、献上品として刀剣が用いられました。また、正式に将軍に挨拶する際には、重要度に応じて太刀を贈る慣例があり、刀剣は儀礼に欠かせないものでした」

武士や大名にとって、刀剣は武器を超えた存在だったのである。

梨子地刻小サ 刀拵
【名物 南泉一文字】
南泉の名は、中国の高僧・南泉普願が鋭い切れ味の刀で猫を斬り、修行僧に悟りを開かせた故事に由来。刀身とは別に江戸時代に制作された拵(写真)は、華やかな装飾が見事。江戸時代 総長80cm(写真提供/徳川美術館)

南泉の名は、中国の高僧・南泉普願が鋭い切れ味の刀で猫を斬り、修行僧に悟りを開かせた故事に由来。刀身とは別に江戸時代に制作された拵(写真)は、華やかな装飾が見事。江戸時代 総長80cm(写真提供/徳川美術館)

 

●徳川美術館

尾張徳川家に伝来する宝物を展示。

尾張徳川家に伝来する宝物を展示。

愛知県名古屋市東区徳川町1017 電話:052・935・6262 開館:10時~17時(入館は16時30分まで) 休館日:月曜(祝日の場合は翌日)、年末年始 料金:1400円 交通:JR・名鉄・名古屋市営地下鉄大曽根駅下車、徒歩約10分 4月8日(水)~5月11日(月)まで全館臨時休館致します。なお、今後更に予定の変更がある場合には、ホームページ等でお知らせ致します。

立ち寄り処 宝善亭

参拝者に愛され続ける名古屋の郷土料理を堪能

取材時は、雛祭りにちなむ雛会席(8000円)。手前から時計回りに、牛肉ステーキ、鰆の筍巻き蒸し、前菜、蛤の潮仕立て、お造り。

取材時は、雛祭りにちなむ雛会席(8000円)。手前から時計回りに、牛肉ステーキ、鰆の筍巻き蒸し、前菜、蛤の潮仕立て、お造り。

徳川美術館の敷地の一角に立つ。『宝善亭』の店名は、尾張藩14代藩主・慶勝(1824~83)が揮毫した書から採られたもの。昭和10年に完成した和洋折衷の帝てい冠かん様式の建築「徳川美術館本館」や、四季折々の変化が楽しめる庭園を眺めながら、季節に合わせて考案された会席料理を味わいたい。

●宝善亭

愛知県名古屋市東区徳川町1017 電話:052・937・0147 営業時間:11時~21時(夜間は予約制) 定休日:月曜(祝日の場合は翌日)交通:JR・名鉄・名古屋市営地下鉄大曽根駅から徒歩約10分 席数120。

※この記事は『サライ』本誌2020年5月号より転載しました。

『サライ』5月号の特集は「初めての刀剣鑑賞の極意」。最高の技量で作られた名刀は、将軍家や戦国大名がこぞって所有してきました。高い品格を備える名刀の鑑賞法を丁寧にご紹介します。

取材・文/山内貴範 撮影/高橋昌嗣

 

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