名刀を鑑賞するなら、刀を愛した戦国武将や、高名な刀匠が作刀に勤しんだ産地こそふさわしい。武将ゆかりの尾張(愛知県)、刀匠ゆかりの備前(岡山県)を旅してみたい。

福岡一文字派、最盛期の名刀

太刀 無銘一文字
【山鳥毛】

戦国時代の武将・上杉謙信の愛用の刀として知られる、備前刀の最高峰。無銘だが福岡一文字派の作品。鎺(はばき)付近に刃こぼれがあるのは、実戦の証か。『上杉景勝自筆腰物目録』には「山てうまう」(さんちょうもう)と記されている。号の由来は、変化に富んだ激しい刃文が鳥の羽毛の立つ様に見えるからとも、山野が燃えるようだからともいわれる。国宝 鎌倉時代 刃長79.0cm 反り3.2cm 備前長船刀剣博物館蔵 (画像提供/瀬戸内市)

戦国時代の武将・上杉謙信の愛用の刀として知られる、備前刀の最高峰。無銘だが福岡一文字派の作品。鎺(はばき)付近に刃こぼれがあるのは、実戦の証か。『上杉景勝自筆腰物目録』には「山てうまう」(さんちょうもう)と記されている。号の由来は、変化に富んだ激しい刃文が鳥の羽毛の立つ様に見えるからとも、山野が燃えるようだからともいわれる。国宝 鎌倉時代 刃長79.0cm 反り3.2cm 備前長船刀剣博物館蔵 (画像提供/瀬戸内市)

名刀の旅(3) 備前

備前おさふね刀剣の里●岡山県瀬戸内市

日本最大の刀剣の産地、備前国で傑作を拝見

平安末期から多くの刀工が、ここ瀬戸内市(岡山県)に工房を構えていた。備前国(岡山県)で作られる刀を「備前刀」という。

日本に現存する刀は、280万口といわれているが、そのうちの半分は備前刀である。国宝の刀剣111口うち、備前刀は47口。質・量ともに、備前国は日本一の刀剣の里なのである。

「この地には、刀作りに必要な条件が揃っていました。砂鉄の産地であり、燃料の炭となる松やクヌギも多い。近くを流れる吉井川の豊かな水は、運搬にも、鍛錬の際に鉄を冷やすのにも好都合でした。また陸路と水路の要衝にあった福岡の市は、山陽道随一の規模を誇っていました」(備前長船刀剣博物館学芸員・杉原賢治さん)

備前国は大和(奈良県)や京の都へも比較的近く、材料や流通経路、すべてがあったのだ。吉井川下流域からは、平安時代に活躍した友成、福岡一文字派の則宗や助真、吉岡一文字派の助光、長船派の光忠や長光など、数多くの名工が誕生した。

瀬戸内市周辺。長船派は 、福岡一文字派、吉岡一文字派など備前を代表する刀工各派の拠点は岡山三大河のひとつ、吉井川流域に集中。作刀鍛錬には大量の水を必要とした。

瀬戸内市周辺。長船派は 、福岡一文字派、吉岡一文字派など備前を代表する刀工各派の拠点は岡山三大河のひとつ、吉井川流域に集中。作刀鍛錬には大量の水を必要とした。

かつて長船派の工房があった地域にあるのが、「備前おさふね刀剣の里」だ。

ここには、刀剣専門の「備前長船刀剣博物館」や実際に刀を購入できる「ふれあい物産館」、現代の職人たちが作刀する「備前長船鍛刀場」や「備前長船刀剣工房」がある。刀匠や研師、彫金師や鞘師、塗師や柄巻師など、職人が一堂に会し、実際に作刀を行ない、しかも一般に無料で公開しているのはここだけではないか。

古式鍛錬(毎月第2日曜11時~、14時~)の公開や、ペーパーナイフ製作講座(要予約、受講料1500円)、小刀製作講座(要予約、材料費1万5000円+受講料1日2000円)など、体験型イベントが多く開催され、人気を集めている。

玉鋼を使用した小刀を鍛える安藤広康刀匠。「備前長船鍛刀場」では、小刀や日本刀の作刀の様子を無料で公開している。

玉鋼を使用した小刀を鍛える安藤広康刀匠。「備前長船鍛刀場」では、小刀や日本刀の作刀の様子を無料で公開している。

山鳥毛が里帰り

この地が、刀の愛好家から注目を集めているのはほかでもない。実は今年になって、上杉謙信の愛用の刀、国宝『山鳥毛』(上写真)を5億円で購入したのである。

川中島の戦い(1561年)。左の馬上が上杉謙信。歌川芳艶『川中嶌大合戦の図』国立国会図書館蔵

川中島の戦い(1561年)。左の馬上が上杉謙信。歌川芳艶『川中嶌大合戦の図』国立国会図書館蔵

ふるさと納税やクラウドファンディングを活用しながら、寄付だけで8億円超が集まったという。

「『山鳥毛』は無銘ですが、備前・福岡一文字派の刀工が、鎌倉時代中期に作ったとされる、刃文が特徴的な美しい太刀です。福岡一文字派の最高傑作ともいわれています」(前出・杉原さん)

「備前おさふね刀剣の里」の周囲には、長船派の刀匠の足跡がいくつも残っている。里より徒歩約5分のところにある「造剣之古跡碑」。

「備前おさふね刀剣の里」の周囲には、長船派の刀匠の足跡がいくつも残っている。里より徒歩約5分のところにある「造剣之古跡碑」。

備前長船刀剣博物館

全国でも珍しい刀剣専門の博物館

収蔵する刀は備前刀を中心に約400口。年間5回ほど、テーマごとに入れ替えて展示する。

収蔵する刀は備前刀を中心に約400口。年間5回ほど、テーマごとに入れ替えて展示する。

「備前おさふね刀剣の里」の入口の役目も果たしているのが、白壁が映える「備前長船刀剣博物館」だ。ここは、日本刀を専門展示する全国でも珍しい博物館で、備前刀を中心とした日本刀の展示のほか、様々な企画展を行なっている。また、日本刀の作刀工程や研磨工程、刀装具、備前長船の歴史などをテーマに即し学べる。同里内には、「備前長船鍛刀場」や「備前長船刀剣工房」など職人たちの工房が立ち並ぶ。鍛刀場では、古式鍛錬を毎月第2日曜に1日2回(午前11時~、午後2時~)、1時間ずつ開催し、人気を博している。
岡山県瀬戸内市長船町長船966 電話:0869・66・7767 開館時間:9時~17時(入館は16時30分まで)休館日:月曜(休日の場合は翌日に振り替え)祝日の翌日、12月28日~1月4日、展示替時(HP参照)料金:500円 交通:JR長船駅からタクシーで約10分。4月20日~5月6日まで臨時休館。今後の再開等詳細につきましては、ホームページでご確認ください。

梨子地刻小サ 刀拵
【名物 南泉一文字】
南泉の名は、中国の高僧・南泉普願が鋭い切れ味の刀で猫を斬り、修行僧に悟りを開かせた故事に由来。刀身とは別に江戸時代に制作された拵(写真)は、華やかな装飾が見事。江戸時代 総長80cm(写真提供/徳川美術館)

南泉の名は、中国の高僧・南泉普願が鋭い切れ味の刀で猫を斬り、修行僧に悟りを開かせた故事に由来。刀身とは別に江戸時代に制作された拵(写真)は、華やかな装飾が見事。江戸時代 総長80cm(写真提供/徳川美術館)

 

●徳川美術館

尾張徳川家に伝来する宝物を展示。

尾張徳川家に伝来する宝物を展示。

愛知県名古屋市東区徳川町1017 電話:052・935・6262 開館:10時~17時(入館は16時30分まで) 休館日:月曜(祝日の場合は翌日)、年末年始 料金:1400円 交通:JR・名鉄・名古屋市営地下鉄大曽根駅下車、徒歩約10分 4月8日(水)~5月11日(月)まで全館臨時休館致します。なお、今後更に予定の変更がある場合には、ホームページ等でお知らせ致します。

立ち寄り処 宝善亭

参拝者に愛され続ける名古屋の郷土料理を堪能

取材時は、雛祭りにちなむ雛会席(8000円)。手前から時計回りに、牛肉ステーキ、鰆の筍巻き蒸し、前菜、蛤の潮仕立て、お造り。

取材時は、雛祭りにちなむ雛会席(8000円)。手前から時計回りに、牛肉ステーキ、鰆の筍巻き蒸し、前菜、蛤の潮仕立て、お造り。

徳川美術館の敷地の一角に立つ。『宝善亭』の店名は、尾張藩14代藩主・慶勝(1824~83)が揮毫した書から採られたもの。昭和10年に完成した和洋折衷の帝てい冠かん様式の建築「徳川美術館本館」や、四季折々の変化が楽しめる庭園を眺めながら、季節に合わせて考案された会席料理を味わいたい。

●宝善亭

愛知県名古屋市東区徳川町1017 電話:052・937・0147 営業時間:11時~21時(夜間は予約制) 定休日:月曜(祝日の場合は翌日)交通:JR・名鉄・名古屋市営地下鉄大曽根駅から徒歩約10分 席数120。

※この記事は『サライ』本誌2020年5月号より転載しました。

『サライ』5月号の特集は「初めての刀剣鑑賞の極意」。最高の技量で作られた名刀は、将軍家や戦国大名がこぞって所有してきました。高い品格を備える名刀の鑑賞法を丁寧にご紹介します。

取材・文/山内貴範 撮影/高橋昌嗣

 

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