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取材・文/出井邦子 撮影/馬場隆

世界的に活躍する版画家の次なる目標は、99歳で開く“白寿展”。その創作意欲の源は、和・洋の菓子が主食の朝食である。

【吹田文明さんの定番・朝めし自慢】

前列左から時計回りに、餡ロール、ヤクルト、トマトジュース、牛乳、ヨーグルト(皮ごとすり下ろした林檎・房を取り除いたグレープフルーツ・輪切りのバナナ)。餡ロールは東京・祖師ヶ谷大蔵の和菓子店『玉川屋』で求める。牛乳には、医者から薦められた栄養補助食品「エンシュア・リキッド」を混ぜる。

前列左から時計回りに、餡ロール、ヤクルト、トマトジュース、牛乳、ヨーグルト(皮ごとすり下ろした林檎・房を取り除いたグレープフルーツ・輪切りのバナナ)。餡ロールは東京・祖師ヶ谷大蔵の和菓子店『玉川屋』で求める。牛乳には、医者から薦められた栄養補助食品「エンシュア・リキッド」を混ぜる。

餡ロールに代わって、アップルパイや苺のショートケーキが登場することもある。洋菓子店は東京の『成城アルプス』が贔屓だ。とりわけ、アップルパイは酸味と甘みのバランスがよく、味に深みがあるという。

餡ロールに代わって、アップルパイや苺のショートケーキが登場することもある。洋菓子店は東京の『成城アルプス』が贔屓だ。とりわけ、アップルパイは酸味と甘みのバランスがよく、味に深みがあるという。

「朝食のメニューは長年変わらないけれど、高齢になって、ヨーグルトに入れる林檎はすり下ろしています」と吹田文明さん。後方は『星の門』と題された70代の作品だ。

「朝食のメニューは長年変わらないけれど、高齢になって、ヨーグルトに入れる林檎はすり下ろしています」と吹田文明さん。後方は『星の門』と題された70代の作品だ。

吹田文明さんは昭和42年、サンパウロ・ビエンナーレの版画部門で最高賞を受賞した。棟方志功、浜口陽三に続く日本人3人目の快挙であった。当時、41歳。

「貧しい版画家にとって夢のような出来事でしたが、この受賞が版画家としての原点となりました」

大正15年、徳島県阿南市に生まれた。徳島師範学校(現・徳島大学)卒業後、小学校教員となり、図工科教育で先駆的な活動を展開。昭和24年には徳島県の研究派遣生として、東京藝術大学に学んだ。その後、東京公立学校教員として、数多の生徒らを指導する。

版画制作を始めたのは、1950年代の半ばからだ。

「その頃、棟方志功や浜口陽三らが次々と国際展で受賞し、版画ブームだった。僕は児童教育との関連で、紙版画から始めたんです」

教育者と作家というふたつの立場から版画表現と向き合うことで、独自の世界を創り上げていく。昭和33年、スイス・グレンヘン国際版画トリエンナーレ受賞、同40年、アメリカ・ノースウェスト国際版画展大賞など数々の受賞歴を重ねた。前述のサンパウロ・ビエンナーレ最高賞を機に作家活動に専念。木版画の可能性に挑むスケールの大きな作品を発表し続けている。

昭和45年、多摩美術大学に教授として招かれて28年、教鞭を執る。平成元年、紫綬褒章を受章した。

代表作の『開かれた世界』は、第9回サンパウロ・ビエンナーレ版画部門最高賞受賞出品作の1点(木版、インクは水性+油性、61.5×90.5㎝)。その独自の光を放つ作品から、外国人記者からは“花火の男”と呼ばれた。

代表作の『開かれた世界』は、第9回サンパウロ・ビエンナーレ版画部門最高賞受賞出品作の1点(木版、インクは水性+油性、61.5×90.5㎝)。その独自の光を放つ作品から、外国人記者からは“花火の男”と呼ばれた。

食べることで創作意欲が湧く

93歳にして、現役の版画家。その健康長寿の秘訣は何か。

「僕はスポーツが不得手で、運動は何もしていない。特別な健康法があるわけではないが、若い時に体を鍛えたのがよかったのかな」

15歳~21歳までの6年間は徳島師範での寮生活、19歳で半年間の軍隊生活も経験している。そこでの規則正しい生活と、“天突き体操”や“100km行軍”などが、健康の土台を作ってくれたという。

今、食事は1日2食。昼前に目覚めて、1食目が朝食だ。甘党で、主食がケーキや餡菓子というのが吹田流である。

「赤福さんに下宿したいくらい」(笑)というように、伊勢名物の赤福餅が大好物。定期的に取り寄せて、朝食の炭水化物として食卓に上ることもある。

「赤福さんに下宿したいくらい」(笑)というように、伊勢名物の赤福餅が大好物。定期的に取り寄せて、朝食の炭水化物として食卓に上ることもある。

「赤福さんに下宿したいくらい」(笑)というように、伊勢名物の赤福餅が大好物。定期的に取り寄せて、朝食の炭水化物として食卓に上ることもある。

夕食は決まって、午後7時半。

「創作のアイディアを得るには、食べて元気になることが一番。朝食は定番だが、夜は肉や魚を欠かさない。一生懸命食べると、アイディアがひらめくようだよ」

体質的にアルコールは合わないが、夕食時にはビール代わりにノンアルコールビールをジンジャーエールで割って楽しむ。ジンジャーエールは甘口の「ウィルキンソン」が好きだ。

体質的にアルコールは合わないが、夕食時にはビール代わりにノンアルコールビールをジンジャーエールで割って楽しむ。ジンジャーエールは甘口の「ウィルキンソン」が好きだ。

水性絵具と油性絵具を刷り重ね、現代版画に新境地を切り開く

版木や絵具 、使い込んだ刷毛などが置かれたアトリエは築40年。ここからニューヨーク近代美術館や東京国立近代美術館など、世界の名だたる美術館が所蔵する作品が生まれた。

版木や絵具 、使い込んだ刷毛などが置かれたアトリエは築40年。ここからニューヨーク近代美術館や東京国立近代美術館など、世界の名だたる美術館が所蔵する作品が生まれた。

透明感と重厚感、ふたつの対比によってより鮮やかな世界が広がる──これが吹田版画の特徴だ。

「版による面と面の重なりによってもたらされる新しい表現、つまり版画が芸術として認められるように努力を重ねてきました」

水性刷り(写真左)の上に油性刷りを重ね(中上)、おも版刷りして金粉を蒔ま く(中下)。水性と油性を巧みに配した作品『森の中の星』(右。木版、水性+油性、36.5×26.2㎝)。

水性刷り(写真左)の上に油性刷りを重ね(中上)、おも版刷りして金粉を蒔ま く(中下)。水性と油性を巧みに配した作品『森の中の星』(右。木版、水性+油性、36.5×26.2㎝)。

そのために材料や用具、道具の研究にも取り組んできた。

「かつて学校では、下駄の歯の朴の木や桂の木を削って版にしていたから“下駄版画”なんて呼ばれた。けれど、ベニヤ板が入ってきて版が大きくなったから、木版プレス機を作ると同時に、水性粉絵具や油性絵具のチューブまで、『サクラクレパス』と共同開発しました」

東京の「世田谷美術館」での成人向け講座で、40代で開発した木版プレス機の説明をする吹田さん(70代の頃)。このプレス機の開発により、一気に作品の大型化が進んだ。

東京の「世田谷美術館」での成人向け講座で、40代で開発した木版プレス機の説明をする吹田さん(70代の頃)。このプレス機の開発により、一気に作品の大型化が進んだ。

版木のラワンベニヤに電気ドリル、金槌、ドライバー、彫刻刀などあらゆるものを使って加工し、掌やバレン(刷り具)、プレス機と圧力の変化で刷り上げる。すべては芸術という永遠の世界を求めてのことである。

最新作『富士は花火より高し』(木版、水性+油性、91×60.5㎝)。富士山と花火をモチーフに、洗練された深みのある色彩を創つくり出している。昨秋の日本版画協会展出品作。

最新作『富士は花火より高し』(木版、水性+油性、91×60.5㎝)。富士山と花火をモチーフに、洗練された深みのある色彩を創つくり出している。昨秋の日本版画協会展出品作。

90歳を超えた今も、モダンアート協会展や日本版画協会展に出品。現代版画と美術教育に惜しみない精力を注いだ作家の次なる目標は、99歳での“白寿展”である。

取材・文/出井邦子 撮影/馬場隆

※この記事は『サライ』本誌2020年5月号より転載しました。年齢・肩書き等は掲載当時のものです。

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