文/池上信次

ナット・キング・コール『ザ・クリスマス・ソング』

ナット・キング・コール『ザ・クリスマス・ソング』

今回は「季節ネタ」を。でも、ジャズでは季節ネタとして済ませられないほど重要なネタなのです。それは「クリスマス・ソング」。

熱狂の(?)ハロウィンが終わると、街はクリスマス一色。そもそも「日本のクリスマス」受容は、明治33年(1900年)に食料品・酒類の輸入販売業者「明治屋」の銀座店が、商品販売戦略としてクリスマスの飾りを始めたことからといわれています。つまり日本の「年中行事としてのクリスマス」は、年末商戦の大イベントですから、街中が赤と緑に染まるのは当然のこと。そしてそれを盛り上げているのが音楽。ハロウィンとセットになっている音楽はありませんが、クリスマスと音楽は一体といってもいいくらいの結びつきですね。これからしばらくは、無意識のうちにも多くの「クリスマス・ソング」を耳にすることでしょう。

この「クリスマス・ソング」の発祥はさまざまです。本来のクリスマスの意義を込めた賛美歌(「きよしこの夜」「もろびとこぞりて」など)はもちろん、お祭りとしてクリスマスを楽しもうという民謡(「ひいらぎ飾ろう」「オー・タネンバウム」など)があります。それらはいずれも1800年代に作られた、まさに由緒正しいクリスマス・ソングです。これらはダントツに有名ではありますが、現在クリスマス・ソングと呼ばれ親しまれている曲の多くは「クリスマスを題材にしたポップス」です。そして、それらはジャズとの結びつきがとても深いのですね。

1930年代のラジオの時代から40年代からのレコードの時代、アメリカの音楽産業は急速に拡大しました。この、ロック出現以前の時代、「ポップス」をリードしたのはジャズ・ヴォーカリストたちでした。その状況の中でたくさんのクリスマス・ソングが生まれ広まり、優れた楽曲、人気のある楽曲は「スタンダード」化の道をたどったのです。つまり、ジャズ・ヴォーカリストたちが歌ったクリスマス・ソングが、現在のクリスマス・ソングの元祖となったわけです。ちなみに、「きよしこの夜」などの賛美歌もこの時代の「ポップス・ヒット」となりました。たとえばビング・クロスビーが歌った「きよしこの夜」は、1936年から何度もヒットチャートに上がっています。ジャズ・ヴォーカリストたちが、賛美歌さえもポップスの土俵に上げたのです。

さて、「元祖」の時代以降も、ジャズではクリスマス・ソングはよく演奏され、たくさんの録音が残されています。これはなぜかというと、クリスマス・ソングは魅力あるジャズ・スタンダード曲だからです。何が魅力かというと、とにかく広くリスナーに知られていること。有名クリスマス・ソングの知名度は、並のジャズ・スタンダードの比ではありません。ジャズの「個性表現」が伝わりやすい、わかりやすいということですね。しかしその一方で難しさも格段に増し、クリスマス・ソングは確固としたイメージが出来上がっていますから、表現力に乏しいと「ジャズ」にはならず、たんなる「クリスマス・ソング・カヴァー」になってしまうのです。ここが勝負どころで聴きどころ。ジャズ・ミュージシャンたちは、そこに自身の持ち味をたっぷりと加え「クリスマス・ソング=スタンダード名曲」の魅力をさらに引き出すのです。たんにメロディをカヴァーすることだけでは済ませず(済まされず)、「音楽」にさらに磨きをかけるのがジャズの流儀なのですね。ですから優れたジャズ・ミュージシャンが演奏するクリスマス・ソングは、「季節商品」のレベルを遥かに超えた優れた「ジャズ・スタンダード演奏」になっているのです。

今回と次回は、「必聴ジャズ名演」クリスマス・アルバムから有名クリスマス・ソング1曲をピックアップし、楽曲の詳細と聴きどころを紹介します。

クリスマス・ソング名曲と、そのジャズ名演
(1)ナット・キング・コール『ザ・クリスマス・ソング』(キャピトル)
ナット・キング・コール『ザ・クリスマス・ソング』

ナット・キング・コール『ザ・クリスマス・ソング』

▶「ザ・クリスマス・ソング」
作詞・作曲:ロバート・ウェルズ、メル・トーメ
演奏:ナット・キング・コール(vo) ほか
録音:1946年、61年(ザ・クリスマス・ソング)

そのものズバリのタイトルの、クリスマス・ソングの定番中の定番「ザ・クリスマス・ソング(The Christmas Song)」。この曲はジャズ・ヴォーカリストのメル・トーメ(1925〜99)とソングライターのロバート・ウェルズによって1945年の夏に作られました。ウェルズが、真夏に少しでも涼しい気分になろうと、「暖炉で焼く栗」「鼻を凍らせる雪の妖精」「聖歌隊が歌うクリスマス・キャロル」など、寒い情景を書き綴っていたノートをトーメが発見したことが創作のきっかけだったといわれています。歌詞はその情景描写から始まりますが、しめくくりは「サンタクロースにわくわくしている1歳から92歳の子供たちに、素敵なクリスマスを」と、すべての人とクリスマスの楽しみを分かち合うもの。

しかしトーメは自身はこの曲を歌わず、なんと大先輩のナット・キング・コール(1919〜65)に売り込みました。キング・コールはこの曲をたいへん気に入り、46年の6月と8月に2種類録音し、後者のヴァージョンが最初のレコードとなりました。そしてこれはその年のクリスマスに向けて発売され、ポップ・チャート、R&Bチャートでそれぞれで第3位という大ヒットになったのです。その後、何度もシーズンにはヒット・チャートに入り、クリスマス・ソングとして定着しました。キング・コールはたくさんのクリスマス・ソングを歌いましたが、この曲は特別に気に入っていたのでしょう。キング・コールは自分のヒット曲を大切に歌い続ける人で、この曲に限らず再録音をすることが多いとはいえ、53年には3度目、さらに61年にもう一度録音をしています。

ここに紹介するアルバムは、『マジック・オブ・クリスマス』(キャピトル)というクリスマス・アルバムをもとに、キング・コールのクリスマス代表作を集めたコンピレーション。「ザ・クリスマス・ソング」は初出ヴァージョンと最終ヴァージョン、さらに娘のナタリー・コールとのヴァーチャル・デュオも収録されていますので、聴き比べが楽しめます。

とかくメロディ崩したりと、楽曲に手を加えがちなジャズ・ヴォーカルにあって、明瞭な発音で明快なメロディを歌い上げるコールのスタイルは、唯一無二の個性。この個性があるからこそコールは「ジャズ・ヴォーカリスト」なのですが、ジャズを超えて「ポップス」としても広く受け入れられるのは、感情表現の説得力がずば抜けているから。現在もキング・コールはホリデー・チャートの常連で、ジャズを超えてアメリカのクリスマスの顔といえる存在です。キング・コールの歌を聴かないとクリスマスは始まらないのです。

(2)メル・トーメ『メリー・クリスマス(Christmas Songs)』(テラーク)
メル・トーメ『メリー・クリスマス(Christmas Songs)』

メル・トーメ『メリー・クリスマス(Christmas Songs)』

▶「そりすべり」
作詞:ミッチェル・パリッシュ/作曲:リロイ・アンダーソン
演奏:メル・トーメ(ヴォーカル)、ジョン・コリアンニ(ピアノ)、ジョン・リーザム(ベース)、ドニー・オズボーン(ドラムス)、キース・ロックハード(指揮)、シンシナティ・シンフォニエッタ
録音:1992年4月

「そりすべり(Sleigh Ride)」は古くからのクリスマス・ソングと思われがちですが、1948年に作曲家ルロイ・アンダーソンによって書かれた管弦楽曲です。つまり新しい「クラシック音楽」なのです。ですから指定された楽器編成によるスコアがあり、もともとはジャズとはかなり遠いところにある音楽ともいえるものです。49年にボストン・ポップス・オーケストラが初録音しています。

管弦楽曲ですから歌詞はなかったのですが、「スターダスト」などで知られるミッチェル・パリッシュにより歌詞が書かれ、50年にアンドリュース・シスターズによって最初の録音が行われました。つまり、もともとクラシックだった曲が、ジャズ・ミュージシャンによって「改変」されてヒットし広まったというわけです。それからはすっかり歌詞付きクリスマス・ソングとしてお馴染みですから、クラシックのままだったらここまで広く知られていたかどうかというところですね。

さて、「ザ・クリスマス・ソング」の作者として有名になったジャズ・ヴォーカリストのメル・トーメの、同曲ヒットのその後ですが、同曲をトーメが初めて録音したのは54年のこと。しかもクリスマス・アルバムではありませんでした。作曲当時はまだキャリアも浅かったので、キング・コールに歌ってもらったのは正解だったとみるべきでしょうが、クリスマスを自分の看板としたくなかったのか、トーメがクリスマス・アルバムを作ることは長らくありませんでした。そんなトーメがの初めてクリスマス・アルバムを作ったのは92年のこと。そこにはこの「そりすべり」も収録しました。

まさに満を持してのクリスマス・アルバム。楽曲の選択もアレンジにも力が入ったことでしょう。この「そりすべり」ではバックにオーケストラを配し、オリジナルのアレンジにも敬意をはらいつつも(鈴や馬のひづめやいななきのサウンドを入れるのはオリジナルの引用)、そこに自由自在にフェイクしたメロディと即興スキャットも織り込み、トーメ自身は「完全ジャズ仕様」で歌うというじつに考え抜かれたジャズ・アレンジで臨みました。ゴージャスで華やかな「ミスター・ザ・クリスマス・ソング」の名にふさわしい名唱となりました。もちろんアルバムには「ザ・クリスマス・ソング」も収録されています。作者自らによる最新(そして最終となった)ヴァージョンは聴き逃せません。

※本稿では『 』はアルバム・タイトル、そのあとに続く( )はレーベルを示します。

 

聖夜を彩るエラ、サラ、エヴァンスほか珠玉の全15曲!

CDつきムック「クリスマス・ベスト・ジャズ」

本体1500円+税
『クリスマス・ベスト・ジャズ』

「ジャズ・クリスマス」名演CDつきムック『クリスマス・ベスト・ジャズ』(小学館)が発売中です。CDにはここに紹介したメル・トーメの「そりすべり」、ナット・キング・コール『クリスマス・ソング』収録の「ひいらぎ飾ろう」ほか、エラ・フィッツジェラルド「きよしこの夜」から押尾コータローの「戦場のメリー・クリスマス」まで新旧多彩な15曲が収録されています。ジャズ評論の第一人者・後藤雅洋氏が監修。解説執筆は本連載の池上信次です。ジャズとクリスマスをもっと楽しみたい方はもちろん、プレゼントにもぜひどうぞ。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。近年携わった雑誌・書籍は、『後藤雅洋監修/隔週刊CDつきマガジン「ジャズ100年」シリーズ』(小学館)、『村井康司著/あなたの聴き方を変えるジャズ史』、『小川隆夫著/ジャズ超名盤研究2』(ともにシンコーミュージックエンタテイメント)、『チャーリー・パーカー〜モダン・ジャズの創造主』(河出書房新社ムック)など。

 

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