文/鈴木拓也還暦で保険会社を立ち上げ、古希を迎えた今は立命館アジア太平洋大学の学長を務める出口治明さんは、稀代の読書家としても知られる。
多忙な業務のかたわら「就寝前の1時間、本を読む」習慣を40年以上続け、歴史書だけでも5千冊は読んできたという。
スマホは手放せなくても、本を手に取る人が減っているなか、出口さんは、読書の意義と効用を著書『本の「使い方」 1万冊を血肉にした方法』にまとめている。
出口さんは、インターネットの利便性は否定しない。「速報性と検索性に優れたツール」として認めており、自身も百科事典的な使い方をしている。
しかし、本当の教養を身につけるには、やはり本が必要だという。
出口さんが考える「教養」とは、「より良い生活を送るために、思考の材料となる情報を広く、かつある程度まで深く身に付けること」。必要最小限の知識・情報は「教育」によって与えられるが、そこから先は読書によって培うしかない。では、古今東西からの膨大な本があるなか、どういったものを読むべきなのか。
■好きなジャンルから選んでいい
教養と聞くと、哲学や芸術といったリベラルアーツ的なジャンルが想起されるが、出口さんは、それにこだわる必要はないと述べている。
ジャンル選びの基準は「自分の興味が持てるもの」、「自分の好きなもの」。そうでなければ、続かないし、身に付かないだろうと明快だ。
それとは別に、人から薦められたジャンルを、とりあえず試してみるのもありだとも。
いままでと違う選択をすることで、思いもかけなかった発見をすることもあるでしょう。食わず嫌いをしていただけで、読んでみたら意外におもしろいと感じるかもしれません。
(本書52pより)
また、どのジャンルを入り口にするにせよ、探求していけば「世界に通じる」という。例えば、音楽というジャンルでも「深く広く接していけば、歴史や、経済などを知る手かかりになる」。最初から高尚なものを選ぼうとするなど、変に肩肘張る必要はないわけだ。
■1分野を学ぶのに7~8冊の本を読む
自分の興味のあるジャンルが定まり、それが未知の世界であったなら、「7~8冊」読むことを出口さんはすすめる。
読む本を選んだら、「分厚い本から読む」。その理由として、「分厚い本に、それほど不出来な本はない」というのが、まず1点。さらに以下の理由も挙げている。
薄い入門書は、厚い本の内容を要約し、抽象的にまとめたものです。全体像を知らないうちに要約ばかりを読んでも、その分野を体系的に理解することはできません。
わからない部分があっても気にせずに、分厚い本を一字一句読み進めていく。(中略)すると、4~5冊を読み終える頃には、その分野の輪郭がつかめるようになります。このようにして分厚い本を何冊か読んだあとに、薄い入門書に移ると、詰め込んだ知識が一気に体系化されます。
(本書81~82pより)
言うまでもなく、一知半解では教養を身に付けたとは言えない。少々苦労しつつ多読し、腹落ちしたものだけが真の教養になる。そのために出口さん自身も、分厚い本から初めて7~8冊読むことをマイルールとして課している。
■古典から得るものは大きい
出口さんは、「ビジネス書を10冊読むより、古典を1冊読むほうが、はるかに得るものが大きい」と力説する。そう断言できる理由は4つあるという。
・時代を超えて残ったものは、無条件に正しい
・人間の基本的、普遍的な喜怒哀楽が学べる
・ケーススタディとして勉強になる
・自分の頭で考える力を鍛錬できる
出口さんによれば、人間の脳の中身は1万年以上前から進化していないという。その長大な人類史の中で、たまたま現れた天才が著した書物が普遍性を持ち、それを超える次の天才が現れるまでは、その書物が至高の存在として読み継がれる。日進月歩の科学・技術の分野は別として、人文系の分野については、古典こそが読書リストの中でも優先的に検討すべきものとなる。
一方で、日々刊行される現代の本については、「立ち読みして最初の10ページで決める」「新聞3紙の書評欄を見て、ムラムラした本を選ぶ」などマイルールを設け、精選しているという。
なお、本書の後半以降は、「目的別のお薦め本」が出口さんの解説とともに列挙されている。何から読むべきか迷ったら、ここにある本を愚直に読んでいくのもよいだろう。良書は裏切らない。それらは、きっとあなたの精神の血肉となるはずだ。
【今日の教養を高めるのに良い1冊】
『本の「使い方」 1万冊を血肉にした方法』
https://www.kadokawa.co.jp/product/321903001048
(出口治明著、本体1,400円+税、KADOKAWA)
文/鈴木拓也
老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライター兼ボードゲーム制作者となる。趣味は散歩で、関西の神社仏閣を巡り歩いたり、南国の海辺をひたすら散策するなど、方々に出没している。