◎No.31:永井荷風の蚊遣り
文/矢島裕紀彦
昭和11年(1936)1月30日、永井荷風はふと筆をとり日記に向かった。「つれづれなるあまり余が帰朝以来馴染を重ねたる女を左に列挙」してみようと思ったのである。
記してみると、その数16。芸妓や娼婦ばかりを相手に、不毛とも称される愛の遍歴を重ねている荷風だった。
そんな彼にも二度の結婚歴がある。最初は、父の望みによる堅気の女性との偽りの契り。父の死の直後の離婚、それにつづく芸妓・八重次との結婚が、自らの意志によるもの。そして、このとき媒酌の労をとったのが、荷風の親友の市川左団次であった。
欧米からの帰国後『あめりか物語』で文壇デビューを果たしたとはいえ、荷風の根っこには江戸情緒が染みついていた。一方の左団次。欧州留学の経験を持ち、歌舞伎界に新風を吹き込もうとしていた。もともと互いに、友として深く結びつく土壌があったのだ。
荷風と左団次の合作による蚊遣りが、千葉県市川市の永井家に遺されていた。小振りの陶製。二人の書と画が洒落た趣を呈すが、見ようによっては「偏奇」の中にも艶を失うことのなかった荷風の生涯を象っているようでもあった。
文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。『サライ.jp』で「日めくり漱石」「漱石と明治人のことば」を連載した。
写真/高橋昌嗣
1967年桑沢デザイン研究所 グラフィックデザイン科卒業後、フリーカメラマンとなる。雑誌のグラビア、書籍の表紙などエディトリアルを中心に従事する。
※この記事は、雑誌『文藝春秋』の1997年7月号から2001年9月号に連載され、2001年9月に単行本化された『文士の逸品』を基に、出版元の文藝春秋の了解・協力を得て再掲載したものです。