文・写真/杉﨑行恭(フォトライター)
秋の京都で、嵯峨野観光鉄道にならぶもうひとつの紅葉鉄道が、叡山電鉄。左京区の出町柳から北上して鞍馬までを結ぶ路線と、宝ヶ池から分かれて比叡山山麓の八瀬比叡山口までの路線を持つ小さな電鉄だ。
こちらも色づく洛北の山里に入っていく秋景色は圧巻。乗車券だけで乗れるパノラマ車両「きらら」も、紅葉を楽しむ観光列車として見逃せない。
そんな叡山電鉄に乗って観光客がほとんど降りない途中駅から歩いてみた。
叡山電鉄の起点は、鴨川沿いの出町柳駅。ここから電車は元田中駅、一乗寺駅と、学生街をひと駅ごとに停車していく。京都大学を始め沿線には京都造形大学や精華大学などがあり、個性的なブックショップやギャラリーが集まる独特の文化が感じられるエリアだ。
そして電車は車庫のある宝ヶ池から鞍馬線に入っていく。ちなみに観光電車「きらら」は出町柳~鞍馬間で運転されている。
比叡山に向かう登山道「雲母坂」(きららざか)にちなんで命名されたという観光列車「きらら」。1997(平成9)年にレッドとオレンジの2編成が登場、空まで見わたせる窓向きの2人がけ座席を並べたユニークなシート配置が話題の観光電車だ。乗車に特別な料金は必要とせず、一般のダイヤに混じっての運転されている。紅葉シーズンになると出町柳駅「きらら」の運転時刻も表示されている。
進行方向左手に比叡連山を見ながら進む電車は、丘陵地帯にさしかかった二軒茶屋駅で単線に変わる。そして鞍馬川を渡る直前の市原~二ノ瀬間で、線路沿いに植えられた約250本のモミジのなかを進む「紅葉のトンネル」がある。毎年11月中旬からの紅葉時期には徐行運転で車窓を楽しめるポイントだ。夜になればライトアップもおこなわれ、車内の照明を落として幻想的な紅葉が楽しめる有名ポイントだ。
ログハウスの駅舎がある二ノ瀬駅で途中下車してみる。すでにここは山深い谷あいで旧家が点在する静かな風景が広がっている。
駅から階段を下り、鞍馬川に沿って10分ほど歩いたところに守谷(もりたに)・富士神社という神社があった。その本殿のすぐ脇を叡山電鉄の線路が通っているのだ。
社伝によれば平安時代に清和天皇の兄、惟喬(これたか)親王を祭神としたもので、当時の藤原氏によって天皇位から遠ざけられ、京を追われてこの地に隠棲したと伝えられている。この二ノ瀬集落は紅葉時期でも訪れる人は少なく、モミジと電車の風景をゆっくりと楽しむことができる穴場だ。
このほか、二ノ瀬駅の次の貴船口駅や終着の鞍馬駅も真紅のモミジがみられる駅として人気がある。
さて、この鞍馬線に加えて、宝ヶ池駅から八瀬比叡山口を結ぶ叡山本線にも足を伸ばしてみたい。こちらでは八瀬比叡山口駅のすぐ前を流れる高野川も紅葉の名所で、こじんまりとした景色を堪能できる。
ここではぜひ、徒歩5分のところから出るケーブル比叡駅から叡山ケーブルに乗ってみたい。
叡山ケーブルは1925(大正14)年に開業したというクラシックなケーブルカーだが、その高低差561mはいまも日本最大を誇っている。そのケーブルカーの線路に沿ってモミジが植えられ、車両が登っていくにつれ、しだいにひろがっていく京都の風景を背に見事な秋景色が期待できる。特に午後、夕日を受けた逆光の紅葉は息を呑むほどの鮮やかさだ。
このように叡山電鉄の沿線は、バラエティに富んだ紅葉名所が点在している。秋の一日、思う存分錦繍を楽しめる鉄道路線である。
【今回のモデルルート】
出町柳駅→二ノ瀬駅で下車(二ノ瀬集落と守谷神社散策)→貴船口→鞍馬・鞍馬→宝ヶ池駅で乗り換え→八瀬比叡山口駅から叡山ケーブルに乗車
※叡山電鉄1日乗車券「えぇきっぷ」1000円+叡山ケーブル(片道)650円
文・写真/杉﨑行恭
乗り物ジャンルのフォトライターとして時刻表や旅行雑誌を中心に活動。『百駅停車』(新潮社)『絶滅危惧駅舎』(二見書房)『異形のステーション』『廃線駅舎を歩く』(交通新聞社)など駅関連の著作多数。
『廃線駅舎を歩く』
(杉﨑行恭著、定価1500円+税、交通新聞社)
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