蕎麦職人の技と工夫の結晶であり、蕎麦店の看板とも言える「もり蕎麦」は、どのように食せば、正しい食べ方といえるのだろうか。
むろん、好みの食し方をすればよいのだが、なるべくなら理に適い、そして粋に食してみたい。そこで、食通で知られる落語家の柳家小満ん師匠に、行きつけの『上野藪そば』(東京都)でもり蕎麦の食し方を指南いただいた。
※この記事は『サライ』本誌2016年11月号の特集「蕎麦は“もり” に窮まる」より転載しました。肩書き等の情報は取材時のものです。(取材・文・撮影/片山虎之介)
「正しい食べ方よりも、握りたての寿司や揚げたての天ぷらと同じで、目の前にやってきたらすぐ食べる。これに尽きます」
小満ん師の師匠で人間国宝の五代目柳家小さんは蕎麦を食べるのがともかく速かった。
「誰よりも速く平らげ、もたもた食べている弟子を“遅せえな”と嬉しそうに眺めてました」
そもそも、もり蕎麦はのびやすい。お喋りに夢中になっていては、折角の蕎麦も台無しだ。寄席に出演するついでに楽屋仲間とよく蕎麦を手繰るという小満ん師匠はこう指南する。
「連れの蕎麦が先に運ばれてきたら“のびないうちに、お先にどうぞ”とひと声かけてあげれば、気兼ねなく美味しく食べられます。こっちが先なら“のびないうちに、お先にいただきます”です」
もり蕎麦が目の前に届いたら、まずは徳利に入ったつゆを半分ほど猪口へ入れ、残りは蕎麦湯に取っておきたい。つゆを切らしてしまっては、蕎麦湯も味けない。
次に、つゆへつけずに蕎麦を味わう。蕎麦職人が丹精込めて打った蕎麦だ。香りを楽しみ、舌触りを感じ、歯ごたえと喉越しを確かめたい。小満ん師匠は蕎麦を手に受けてから口の中へ。
「掌の感触がいいんです。箸でつまむより、旨さを感じます」
そしてつゆをなめ、濃さを確かめる。辛いと思えば蕎麦を3分の1ほど浸け、甘いと思えば、どっぷり浸ければよい。東京の蕎麦店のつゆは濃いめに作ってあることが多い。
薬味の使い方だが、山葵(わさび)は蕎麦の上に少しのせて食すとよい。
「つゆに溶かすよりも、このほうが山葵と蕎麦の香りが楽しめます」
また、少しの山葵を口に含めば、口直しにもなるという。
葱はつゆに入れてもよいが、蕎麦湯に入れて最後に食すのが小満ん流。これでさっぱりと仕上がるという。
そして、「長っ尻は禁物です。蕎麦は速く食べて、早く帰る。こういう客は江戸の昔から『粋』な客だといわれたもんです」(小満ん師匠)
【上野藪そば】
■住所:東京都台東区上野6-9-16
■電話:03・3831・4728
■営業時間:11時30分~21時 (最終注文20時30分)
■定休日:水曜(祝日は営業、翌日休み)、67席。
JR上野駅より徒歩約5分。JR御徒町駅より徒歩約8分。地下鉄上野御徒町駅より徒歩約5分。
※この記事は『サライ』本誌2016年11月号の特集「蕎麦は“もり” に窮まる」より転載しました。肩書き等の情報は取材時のものです。(文・撮影/片山虎之介)
文・撮影/片山虎之介
世界初の蕎麦専門のWebマガジン『蕎麦Web』(http://sobaweb.com/)編集長。蕎麦好きのカメラマンであり、ライター。伝統食文化研究家。著書に『真打ち登場! 霧下蕎麦』『正統の蕎麦屋』『不老長寿の ダッタン蕎麦』(小学館)、『ダッタン蕎麦百科』(柴田書店)、『蕎麦屋の常識・非常識』(朝日新聞出版)などがある。茨城県の茨木町で『そば処 楓の森(かえでのもり)』を運営している。お店のHPは http://kaede-no-mori.com