今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。
【今日のことば】
「僕の生き方にただ一つでも人並みの信条があったとすれば、それは『後悔すべからず』ということであった」
--坂口安吾
坂口安吾は明治39年(1906)、新潟で生まれた。
幼い頃から、型にはめられるのが大嫌いで自由奔放。幼稚園にもほとんど通園せず、ひとり見知らぬ街をさまよい歩いていたという。
小学校時代は、仲間を引き連れ近所を騒ぎまわる餓鬼大将。立川文庫を愛読して猿飛佐助に夢中になり、忍術の研究に没頭していた。
中学では、授業をさぼって柔道や陸上競技に血道をあげ、走り高跳びで全国中学校陸上競技会で優勝もしている。不勉強で落第しても態度を改めるどころか、試験に白紙答案を提出。自ら放校処分を招き寄せた。
坂口安吾の中には、放浪への憧れとともに求道心のようなものがあった。上京後、大学でインド哲学を学んだのも、その故だろう。けれども、学んで至り着いたのは仏教的な悟りの境地などでなく、人間の抱える「根源的な孤独」と「救いのなさ」を思い知ることだった。人間は偉大にして卑小な存在。それをまるごと受けとめて是認し、自分自身の人生を肯定的に生き抜いていくしかない。安吾は懊悩の果てに、そうした思想を獲得したのである。『青春論』の中に綴った掲出のことばも、その延長にあるだろう。
そんな安吾が、敗戦後の混乱した世情の中で発表したのが『堕落論』であった。安吾は、旧来の道徳観を打破し、どん底から人間的光明を見出すべきだとして、こんなふうに説いた。
「生きよ堕ちよ、その正当な手順の外に、真に人間を救い得る便利な近道が有りうるだろうか」
「堕落すべき時には、まっとうに、まっさかさまに堕ちねばならぬ。道義頽廃、混乱せよ。血を流し、毒にまみれよ。まず地獄の門をくぐって天国へよじ登らねばならない」
精神的虚脱の中にあった青年たちはこれを熱狂的に受け入れ、安吾は一躍文壇の寵児となった。
独自の哲学はもちろん、安吾自身の実人生をも貫いていた。「要するに、生きることが全部」「人間、生きながらえば恥多し」などと呟きつつ、無頼派の旗手として、飲み、書き、走り続けた。
昭和30年(1955)2月17日、高知取材から帰宅した2日後に48歳で急逝。「行きつくゴールというものがなく、どこかしらでバッタリ倒れてそれがようやく終わり」と綴った『青春論』そのままの生き方であった。
文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。