文・写真/山本益博
今から20年ほど前、新宿から青梅街道を西荻窪の自宅まで車を走らせていたとき、環状七号線を過ぎて間もなく、左手に小さなカレー屋が見えた。テイクアウトもできる小さな窓のある入り口で、お腹が空いていることもあって、車を止めて立ち寄った。
店内ではご主人ひとり、客がいないこともあり、暇そうに佇んでいた。そのご主人のお薦めに従い「キーマカレー」をいただいた。これが、たまねぎの甘みが活きた見事な挽肉のカレーだった。以後、私たち夫婦のお気に入りの店になったのだが、しばらくして、契約更改で大家さんともめていることを知った。私がそのことをたまたま森ビルのリーシングスタッフに紹介すると、彼らがリサーチに出かけ、なんと赤坂アークヒルズに出店することが決まったのだった。
これが現アークヒルズ「フィッシュ」の前身である。
「アークヒルズ」オープン以来の飲食店の1軒で、じわじわと人気を呼び、客層はインディアの人たちにまで広がり、今や、「アークヒルズ」では欠かすことのできないカレー専門店になっている。
その「フィッシュ」が6月末をもって閉店することになってしまった。ご主人の田中さんによれば、毎日、たまねぎを何時間も炒め続けることに疲れてしまったのだという。世にキーマカレーは数々あれど、「フィッシュ」ほど誠実な仕事から生まれるキーマカレーはほとんどないのではなかろうか。カレーのメニューは豊富だが、「フィッシュ」を代表するのはなんといってもキーマカレーである。
伝説の味になる前に、ぜひとも一度足を運んでほしい。
【今日のお店】
『フィッシュ (Fish)』
■住所/東京都港区赤坂1-12-32 アーク森ビル 3F
■電話番号/03-5562-4305
■営業時間/[月~金]11:00~22:30(L.O.22:00)[土、日・祝]11:30~20:30(L.O.20:00)
■定休日/ 日・不定休
http://www.arkhills.com/shops_restaurants/restaurants/00022.html
文/山本益博
料理評論家・落語評論家。1948年、東京生まれ。大学の卒論「桂文楽の世界」がそのまま出版され、評論家としての仕事をスタート。TV「花王名人劇場」(関西テレビ系列)のプロデューサーを務めた後、料理中心の評論活動に入る。