今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。
【今日のことば】
「天下は太平である。ユックリと鷹揚に勉強してエライ者になって、名前を後世に御残しなさい」
--夏目漱石
夏目漱石は教職者として、松山中学、熊本第五高等学校、東京帝国大学、第一高等学校などの教壇に立っている。教職を辞して文筆一本の生活に入ってのちも、身辺には多くの門弟を抱えていた。
本人はしばしば「自分は教師には向かない」と嘆息していたが、周囲から見ると評価は正反対。人生の師として仰ぎ慕う者は多く、漱石もまたよく面倒を見た。
上に掲げたのは、明治39年(1906)10月15日付で、漱石が門弟の行徳二郎あてに書き送った手紙の中の一節。
行徳は漱石が熊本の内坪井町に住んでいた明治33年(1900)1月から5月にかけて夏目家に寄宿していた門弟。後年は早稲田大学に通いながら漱石山房(東京・早稲田南町の漱石の自宅)にも頻繁に出入りすることになるが、この手紙が書かれた当時は鹿児島の第七高等学校に在籍している。
漱石はかつて同じ屋根の下に暮らした若者の将来を案じつつ、あせることなく勉学を積み重ねるよう、やさしいことばをかけて励ましている。
史上最年少の14歳2か月でプロとなった中学生棋士の藤井聡太四段が、元名人の加藤一二三九段を破ったのを振り出しに、4月17日の第67回NHK杯テレビ将棋トーナメント1回戦にも勝利し、デビューから13連勝という前例のない快進撃をつづけている。
インターネットテレビ局が企画した「炎の七番勝負」という非公式戦では、元名人で現・将棋連盟会長の佐藤康光九段にも勝ち、明日4月23日には羽生善治三冠との対戦が組まれている。
若く才能あふれる若者の出現を、かつての天才少年棋士である加藤一二三さんや羽生善治さんは、漱石のような、温かい眼差しで応援していることだろう。
ちなみに、前記NHK杯1回戦の対局の模様は、5月14日にNHK・Eテレで放映予定。
文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。