今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。
【今日のことば】
「多くの戦史や各種の兵書をよく読んで、考えたうえにこれだと思うものが諸君の兵理で、それがたとえ間違っていたとしても、百回の講座で聴いたものを暗記しただけのものにくらべれば、はるかにいいものなのだ」
--秋山真之
秋山真之は、先に紹介した秋山好古の弟。
正岡子規の松山時代からの幼なじみで、大学予備門(のちの一高)では夏目漱石とも机を並べた。のちに海軍兵学校に転じ、海軍軍人となった。日露戦争における日本海海戦でロシアのバルチック艦隊を打ち破り、日本軍を勝利に導いた名参謀だった。
ここに掲げたのは、海軍大学校戦術教官として、学生たちに向かって戦術研究の心得を説いたときのことば。要は、自分の頭で考えることの大切さを言っているのだ。つづけて、秋山真之はこうも語っている。
「自分の研究で会得したものでなければ実戦で役に立たない」
これは、スポーツなどにも当てはまることだろう。いくらすぐれた技術論を知っていても、それをさらなる研究を通して自分のものとして会得しなければ、実戦では通用するはずもない。
秋山真之の、教官としてのこの姿勢は、試験の採点にも貫かれた。学生の出した答えが自分の教えたことや自分の説と違っていても、論理の筋が通ってひとつの考え方として成り立っていれば、相応の高い評価をしたという。
教官が自分の考えだけを学生に押しつけていては、学生は考えることを放棄してしまう。それでは、いざというときに臨機応変の対処などできるはずもないのである。
文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。