トロトロの角煮を挿み揚げたカツはソースをかけないでも食べられる逸品。

トロトロの角煮を挿み揚げたカツはソースをかけないでも食べられる逸品。

文・写真/鈴木隆祐

B級グルメは決してA級の下降線にはない。それはそれで独自の価値あるものだ。酸いも甘いも噛み分けたサライ世代にとって馴染み深い、タフにして美味な大衆の味を「実用グルメ」と再定義し、あらゆる方角から扱っていきたい。

*  *  *

中央線の高円寺といえば、若者が集う町。今では下北沢ばりに洒落た古着屋や雑貨屋も増えたが、昭和年代後半から素寒貧のバンドマンやら漫画家の卵なんかがわんさと住んでおり、安ウマな定食屋には事欠かない。

そんな高円寺でぼくが今、大推奨したいのが『あげもんや』だ。

あげもんや・外観_s

2014年10月の開業だから、周囲の多くの老舗に較べればまだひよっこながら、店名通り、相当なレベルのフライを食べさせてくれる。とはいえ、「唐揚げ食べ放題定食」が970円と、まずガッツリ大食いの若者のハートを鷲掴みにするのだから心憎い。新たな大衆食堂の誕生の息吹をそこに感じる。

ぼくは初訪問時、他では見かけないこちらの「角煮かつ」(320円)がぜひ食べてみたくて、それで定食になるか?とまだ若い主にカウンター越しに尋ねた。

すると彼は、「量的には少ないので、なにかと組み合わせるなら足りるでしょう」と答えた。そして、唐揚げも1個100円で提供すると言う。まずはそうしてもらおうか。

角煮カツに鶏から揚げ2つ付けて、プラス220円でお好み定食に。合計740円でずいぶんリッチな昼食になった。

角煮カツに鶏から揚げ2つ付けて、プラス220円でお好み定食に。合計740円でずいぶん立派な昼食になった。

揚げ物は好きだが、中年になってからはどうしてももたれてしまう。初手からがっついて胸焼けしてもなあ、という気持ちも手伝い、そんな消極的選択をしたぼくは、主につい不躾なことまで訊いた。

「食べ放題の損益分岐点ってどれくらいですかね? いえ、お店側の……」

すると、調理に集中するあまり素っ気ない主はムッとしたように、「単品4個で380円というのもすでに赤字覚悟なんで、4個以上召し上がるならこちらにされたほうが」と言う。「いえね」とぼくは返す。「定食じゃキツいと思うけど、唐揚げは好物だし、一度思う存分、ビールのお供に頬張りたくって。見ればこちら、酒類も充実しているようだし」

マスターはここで相好を崩し、「唐揚げのみ食べ放題でも750円でやってますよ」と言う。それこそ大出血である。いつかうんと腹を空かし、仲間も募って再訪せねばなるまいと、ぼくは注文した料理を食べる前から思った。主のそんな心意気を聞くだけで、名店の予感がビンビンにしたのだ。

黙々とフライヤーと格闘する店主の立派な体格からも揚げ物愛が伝わってくる。

黙々とフライヤーと格闘する店主の立派な体格からも揚げ物愛が伝わってくる。

実際、皿に盛られた料理は何より雄弁だった。トロトロの角煮がパリッとした衣に包まれ見事に揚がっている様にも感嘆したが、やはり唐揚げが格段に旨い。下味の適度な付け方、うっすらながら肉の汁気を見事に包む衣。唐揚げはどこでも外さないメニューの定番だが、ここより上等なのは滅多にない。これなら際限なく食えそうだ。

後から来たサラリーマン集団の上司は見た感じ、50歳前後。席に着いた途端、アジ・エビ・ホタテの盛り合わせ定食をオーダーした。「そいつが穴馬だな」とぼくはすぐに察した。

その帆立フライにサクッとナイフが入り、断片が覗くのだが、これが見事なレアで、一瞬肌色をしたウズラの卵かなにかに見えた。いてもたってもいられず、単品(220円)でオーダー。まずレモンを搾って、塩で半分の半分、ついで醤油で残りを、後の半身はソースでいただく。

旨い!

衣はいっそう軽やかでフワッとしている。噛め締めれば、スッと貝の肉に歯が通り、口中に立ちこめる甘い濃厚な魚介の薫りに咽せそうになる。また、その余韻が素晴らしい。これはビールが欲しくなる!

こんな極上のホタテフライを高円寺の気軽な定食屋でいただけるなど思ってもみなかった…。

こんな極上のホタテフライを高円寺の気軽な定食屋でいただけるなど思ってもみなかった。

この一品に注がれた技量を、あえて若者の町・高円寺で発揮するという主の気概に唸りつつ、ぼくはほどよい腹持ちで店を後にしたのだった。

3kg超というチャレンジメニューはもう無理だが、唐揚げ食べ放題にはいつかトライしてみたい。

3kg超というチャレンジメニューはもう無理だが、唐揚げ食べ放題にはいつかトライしてみたい。

【あげもんや】
■住所:東京都杉並区高円寺南4-29-9 第3穴吹ビル B1F
■アクセス:JR高円寺駅から徒歩1分
■営業時間:11:30〜23:00(営業時間短縮の時あり) 不定休

文/鈴木隆祐
1966年生まれ。著述家。教育・ビジネスをフィールドに『名門中学 最高の授業』『全国創業者列伝』ほか著書多数。食べ歩きはライフワークで、『東京B級グルメ放浪記』『愛しの街場中華』『東京実用食堂』などの著書がある。

写真/鈴木隆祐

【参考図書】
『東京実用食堂』
(鈴木隆祐・著、本体1300円+税、日本文芸社)
http://www.nihonbungeisha.co.jp/books/pages/ISBN978-4-537-26157-8.html

ISBN978-4-537-26157-8

 

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