今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。
【今日のことば】
「からだの弱い人は弱いなりに人一倍用心して比例を保たなくてはならない、人並みにしては弱るだけだ。せいぜい注意して身を殺さないようにしたまえ」
--夏目漱石
無病息災、健康で過ごせることは、人間、誰しもが望むところだろうが、たまたま病弱に生まれついてしまう人もいる。あるいは、人生の途上で、何かの持病ができてしまったり、事故などでハンディを負ってしまう可能性もある。
そういう人はそういう人なりに自身の体に気を配りながら、生の充実を図るべきだと、夏目漱石は言うのだ。明治44年(1911)5月20日付、門弟の林原耕三あての手紙に書かれた一節である。
病やハンディときちんと向き合っていくことで、むしろ輝きを増す人生も、きっとあるだろう。晩年の7年ほどの歳月をほとんど寝たきりの状態となりながら、俳句・短歌の革新に取り組んだ漱石の親友・正岡子規の生涯は、まさにそうだ。
作家の吉行淳之介も、喘息、結核、各種のアレルギー症状、鬱病、白内障、肝炎など、さまざまな病気があった。そんな中で、体調と折り合いをつけて原稿を書き進め、時には外に繰り出して仲間と遊んだ。そして、ひとたび人前に出た以上は、つらそうな素振りを見せて相手に気遣いをさせるようなことは一切なかったという。
吉行淳之介は「持病というものは飼い馴らして趣味にするより仕方がない」という言い方もしていた。聞きようによっては、半ば諦めのようにも響くが、実は強い精神力と覚悟に裏打ちされていたことばなのである。
文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。