文/鈴木拓也

嗜好品として、われわれの日常に溶け込んでいるお菓子。
そのお菓子が、時には「人生を変える」こともあるという。
そう説くのは、製菓衛生師、フードコーディネーターなどの肩書をもつ宮本二美代さんだ。
宮本さんは、製菓の講師として1万人以上の人に教えてきたなかで、「お菓子が人を笑顔にし、人生を明るくする瞬間」を何度も見てきた。それは、20か国以上を旅して出会った人々にも共通していたそうだ。
そんなお菓子がもつ魅力と活用法を、宮本さんは1冊の書籍にまとめた。題して、『教養としてのお菓子』(Gakken https://hon.gakken.jp/book/1340707000)。副題は、『ビジネス、マナー、手土産、社交の場に必須。世界のエリートも身に付けている。』とあるように、贈答品としての側面にも光を当てている。
どんな内容だろうか、その一部を紹介したい。
ビジネスの現場で生きるお菓子の力
初対面の挨拶の時など、ビジネスの現場では、折に触れお菓子が差し出される。
ふだんこれは、あまり意識されることはないが、ポイントを押さえることで、より相手に好ましい印象を与えることができるという。
例えば謝罪の場面だと、「高価すぎず、簡素すぎない、“控えめな品”」にすべきだと、宮本さんは教える。なぜなら、お菓子はあくまで謝罪の補助であるべきで、高価なものだと「物で解決」の印象を与えてしまう。よかれと思ったことが、逆効果になってしまいかねないのだ。
また、タイミングにも注意が必要で、これは面談が終わる直前に、自然な流れのなかで渡すのがベストだとも。その際、「感謝とお詫びの気持ちを込めてご用意しました」などと言葉を添える。
もっとフランクな場でも、お菓子は有効だ。例えば、会議の冒頭でお菓子を出してみよう。雰囲気が一気に和やかになって、発言が活発化するなど、「“会話の糸口”を作る最高のツール」になる。それは、上司・部下という垣根を取り払い、士気が高まり、チームの結束を強める効果ももたらす。
マドレーヌとフィナンシェは何が違う?
本書では、ビジネスシーンで交わす雑談の種になる、お菓子にまつわる歴史やエピソードも豊富に語られている。
その一つが、日本人にもなじみの深いマドレーヌ。発祥の地は諸説あるが、有力な説がフランスのロレーヌ地方。1755年、この地の城において、元ポーランド王のスタニスラス・レクチンスキーが主催する晩餐会が催された。その最中に、料理職人と菓子職人が喧嘩をし、菓子職人が帰ってしまうという事件が起きる。代理としてお菓子作りを担当したのが、メイドの一人であったマドレーヌ・ポルミエ。彼女は、ホタテ貝の殻を焼き型にして簡素な焼き菓子を作り、これが絶賛された。かくして、その名をとってマドレーヌという伝統菓子が生まれた。
そのマドレーヌが日本に伝来したのは、明治維新の前後。風月堂の菓子職人が、横浜の外国人居留地で作り方を学んで広めた。当時は貝の型がなく、代わりに和菓子の菊型を用いた。貝型のマドレーヌが登場したのはずっと後のことで、現代では菊型と貝型の両方が健在。
日本では、マドレーヌと似ているフィナンシェも人気だ。実は販売数で言えば、日本がトップで、年間売上高のギネス世界記録認定の店も日本にある。フィナンシェもフランス発祥で、材料もほぼ共通しているが、違いもある。マドレーヌは全卵を使っているが、フィナンシェは卵白のみを使っていてアーモンドパウダーを含む。また、フィナンシェに使うバターは、「ブールノワゼット」という焦がしバターにしている点が異なると、宮本さんは説明する。
カタカナ表記が多い原材料は要注意
最近は、健康ブームも手伝ってか、お菓子に対する逆風がある。
しかし、適切なお菓子を選べば、むしろ「体によい」と宮本さんは言う。そうしたお菓子には特徴がある。例えば、「自然素材を使っている」こと。具体的には、「精製されていない砂糖や塩」、「果物、ナッツ、ドライフルーツ、はちみつ」といった素材であれば、体に優しく、栄養にもなるとも。
逆に、注意したいお菓子の特徴の一つとして、素材に「植物油脂」と書いてあるものを挙げる。これには、動脈硬化や心疾患リスクが増すとされるトランス脂肪酸を含んでいる可能性もあり、避けたほうが無難。そして、同じ「油脂」でも、バター、米油、オリーブ油などは安心できるそう。
食品添加物は絶対NGとはしていないが、良いか悪いか判断のポイントがある。一例として、原材料に「よくわからないカタカナ表記が多い」のは要注意。摂りすぎると、「消化器への負担や味覚の偏りを招く可能性」があると指摘する。
さらに、健康的で太らない食べ方についても、ゴールデンルールが列挙されている。小皿に出してそれだけを食べ、よく噛んでゆっくり味わい、「ながら食べ」はしないなどを励行することで、「心も体も満たされる」ようになるそうだ。
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本書は、上で取り上げた以外にも、クッキーとビスケットの違いといった、お菓子にまつわるトリビアや、日本・世界のお菓子の小史など、まさに教養的な話が盛りだくさん。お菓子に目がない方なら、一読をすすめたい。
【今日の教養を高める1冊】
『教養としてのお菓子』

定価1650円
Gakken
文/鈴木拓也
老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライターとなる。趣味は神社仏閣・秘境めぐりで、撮った写真をInstagram(https://www.instagram.com/happysuzuki/)に掲載している。











