壬生忠見(みぶのただみ)は平安時代中期に活躍した歌人で、父は同じく歌人として知られる壬生忠岑(みぶのただみね)です。村上天皇に仕えた下級官人でありながら、その歌才は広く認められていました。忠見は幼少時から歌の才能を発揮し、しばしば宮中に召し出されることがあったといいます。
三十六歌仙の一人でもあり、親子二代で歌の才能を認められた、まさに歌のサラブレッドといえるでしょう。

(提供:嵯峨嵐山文華館)
目次
壬生忠見の百人一首「恋すてふ~」の全文と現代語訳
壬生忠見が詠んだ有名な和歌は?
壬生忠見、ゆかりの地
最後に
壬生忠見の百人一首「恋すてふ~」の全文と現代語訳
恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり 人知れずこそ 思ひそめしか
【現代語訳】
恋しているという私の噂が早くもたってしまった。誰にも知られないように、心にひそかに思いはじめていたのに。
『小倉百人一首』41番、『拾遺集』621番に収められています。密かに愛する人への思いを抱いていたにもかかわらず、自分が恋をしているという噂が先立ってしまった状況を嘆いています。「恋すてふ(恋するという)」という噂が「わが名」として「まだき(早くも)」「立ちにけり(立ってしまった)」と、秘めた思いが周囲に知れ渡ってしまったことへの驚きと戸惑いが表現されています。
下句の「人知れずこそ 思ひそめしか」からは、まだ誰にも打ち明けていない、自分だけの秘密だったはずの恋心が、思いがけず周囲に知られてしまった時の、恥ずかしさ、焦り、そして少しばかりの憤りのような感情が見事に表現されています。
天徳内裏歌合で、この歌と競い、勝利したとされる平兼盛の歌「しのぶれど 色に出でにけり わが恋は ものや思ふと 人の問ふまで」。この二つの歌を比べてみるのも、百人一首の楽しみ方の一つです。
忠見の歌が、恋の噂が「立ってしまった」ことへの嘆き、焦りを詠んだものに対して、兼盛の歌は恋心が「顔や態度に出てしまった」ことへの自覚、諦めを詠んだもの。
どちらの歌も、秘めた恋が露見してしまった状況を詠んでいますが、忠見の歌が「噂」という外的な要因によって恋が知られてしまったことへの動揺を表しています。一方、兼盛の歌は、自分の内側から溢れ出る恋心を抑えきれず、それが「態度」に出てしまったことへのある種の諦めと、もしかすると少しばかりの開き直りのようなものも感じられます。
村上天皇は兼盛の歌をよしとしました。この敗北を苦にして忠見は亡くなったという伝説さえ残っています。実際には諸説ありますが、この逸話は彼が歌にかけた情熱の深さを物語っているといえるでしょう。
皆さんはどちらの歌に心を動かされますか?

(提供:嵯峨嵐山文華館)
壬生忠見が詠んだ有名な和歌は?
三十六歌仙の一人である忠見の歌を紹介します。

竹馬は ふみがちにして あしければ いまゆふかげに 乗りてまいらむ
【現代語訳】
竹馬は足踏みしがちの葦毛なので、ただいま夕蔭(夕鹿毛)という馬で、夕日の影に乗って、歩いて参上します。
貧しいながら幼い頃より和歌の才能を人々に知られていたので、ある時、宮中に召されました。しかし、馬や車に乗る身分ではなく、乗物がないと辞退したところ、「竹馬に乗ってでも来い」という仰せを受けたというものがあります。その時の返歌です。このエピソードからも、彼の歌才がいかに高く評価されていたかがわかります。
壬生忠見、ゆかりの地
壬生忠見、ゆかりの地を紹介します。
安志乃山(あしのやま)
広島県東広島市に壬生忠見の歌碑があります。碑には「つくしにくだるに あきの国 あしの山を 雨の降るに越ゆるとて」の歌が刻まれています。これは下級官僚の忠見が官命により筑紫へ行く途中の歌です。
最後に
壬生忠見は、目立った官職や権力は持たなかった一方で、繊細にして深い恋心を詠みました。その代表歌「恋すてふ~」は、今なお多くの人の共感を呼んでいます。日々の暮らしの中で、ふと恋の思い出や昔懐かしい経験を語りあう時、この歌人の話を交えれば、より一層豊かな時間を過ごせるでしょう。
※表記の年代と出来事には、諸説あります。
引用・参考図書/
『日本大百科全書』(小学館)
『全文全訳古語辞典』(小学館)
『原色小倉百人一首』(文英堂)
アイキャッチ画像/『百人一首かるた』(提供:嵯峨嵐山文華館)
●執筆/武田さゆり

国家資格キャリアコンサルタント。中学高校国語科教諭、学校図書館司書教諭。現役教員の傍ら、子どもたちが自分らしく生きるためのキャリア教育推進活動を行う。趣味はテニスと読書。
●構成/京都メディアライン・https://kyotomedialine.com
●協力/嵯峨嵐山文華館

百人一首が生まれた小倉山を背にし、古来景勝地であった嵯峨嵐山に立地するミュージアム。百人一首の歴史を学べる常設展と、年に4回、日本画を中心にした企画展を開催しています。120畳の広々とした畳ギャラリーから眺める、大堰川に臨む景色はまさに日本画の世界のようです。
HP:https://www.samac.jp
