ライターI(以下I):『光る君へ』第34回では、藤式部(演・吉高由里子)の『源氏物語』執筆の話題で持ちきりの様子が描かれています。その一方で、「時代に潮流変化の兆しあり」という場面をしっかりと拾ってくれていました。
大和の国で氏寺と国司が抗争
編集者A(以下A):藤原一族の氏寺である興福寺の別当定澄(演・赤星昇一郎)が大勢の僧を引き連れて強訴してきました。興福寺のある大和の国で国司である源頼親(よりちか)と抗争があると、背景についてもしっかり説明されました。
I:そもそも源頼親も道長(演・柄本佑)と近い「軍事貴族」ですよね。
A:はい。武人として名高い源頼親を除目を経て大和守に任じているということは、興福寺勢力を牽制する考えがあったと思われますが、いったい何がどうなっているのだろう? という展開になっています。なんとなく、道長によるマッチポンプか? と思わなくもないですが……。
A:前週から武力を持つ勢力の伸長を憂慮する台詞が目立ちます。今週も道長が、「武を以て武を制すれば、朝廷も彼らと同じだ」 と強く主張します。
I:「こちらが武力を用いればこの先さらなる武力に訴える者が出てくる」と藤原実資(演・秋山竜次)が同調します。
A:ここ、日本の歴史を考える上で、けっこう重要な場面のような気がします。前週には藤原隆家(演・竜星涼)が「帝には朝廷も武力を持つべきというお考えはおありにならないのでございましょうか」という発言をしていました。補足すると、律令には軍団の規定があり、かつては国家による軍隊はあったのです。
I:なるほど。防人(さきもり)とか健児(こんでい)とか教科書で習った記憶があります。
A:その軍団を段階的に廃止したのが桓武天皇。唐などの脅威が減じて、世の中が平和になると、コストがかかる軍事力は必要ないという考えですね。道長の時代には、軍団の廃止から200年ほど経過しているわけですが、軍事貴族ともいわれる源氏や平氏が徐々に力をつけていた時期ということになります。
I:朝廷が軍事力を持てば財政が厳しくなりますし、桓武天皇の治績をも否定することにもなります。いったん廃止したものを新たに立ち上げるのも相当エネルギーが必要です。なかなか難しい案件だったのではないでしょうか。
A:かつて平城宮という都があった奈良はほかの国々とは少し状況が違いました。藤原一族の氏神の春日大社、氏寺の興福寺を擁し、国司よりも力を持っていたと思います。奥州の地で奥州藤原氏が陸奥守をもしのぐ権力を持っていたのと同じですね。
I:大和の地の支配をめぐる興福寺と大和守の小競り合いということですね。それを興福寺別当の定澄が2000人とも3000人ともいう人数を動員して威嚇してきたということですね。この時代の強訴といえば、興福寺と延暦寺が双璧です。後に白河院がさいころの目と鴨川の水と並んで自分の意にならないもののひとつとして「山法師」をあげていますが、これは比叡山の僧兵のことをさします。
【王族や貴族が私有地を広げていくジレンマ。次ページに続きます】