正しい意味を理解し、適切に漢字が使えているのか、疑問を感じることが増えていませんか? 適当に漢字を使ってしまい、気付かないところで「恥をかいている」ということがあるかもしれませんね。Google 先⽣やデジタルデバイスの出現により、便利になった反面、情報の中⾝については⼗分な吟味が必要な時代になっております。
あなたの“漢字の知識”は確かでしょうか? もう⼀度、確認しておいても良いかもしれません。「脳トレ漢字」第202回は、「網代」をご紹介します。日常的には使われない「網代」。俳句では、冬の季語にもなっています。実際に読み書きなどをしていただき、漢字への造詣を深めてみてください。
「網代」とは何とよむ?
「網代」の読み方をご存知でしょうか? 「あみだい」「あみしろ」ではなく……
正解は……
「あじろ」です。
『小学館デジタル大辞泉』では、「定置網の漁場」「湖や川に柴や竹を細かく立て並べ、魚を簀(す)の中へ誘い込んでとる仕掛け」「杉・檜(ひのき)・竹などの細い薄板を、互い違いにくぐらせて編んだもの。天井・垣根・笠などに使用」と説明されています。現代では、あまり聞き馴染みのない言葉ですが、魚を捕るためのしかけとして、古くから活用されてきました。
特に、京都の宇治川では、氷魚(ひお)を捕まえるために使用されていたため、冬の風物詩として親しまれていたそうです。また、車の屋形に竹やヒノキなどの網代が張られた牛車のことを「網代車」と呼び、貴族が遠出をする際などに使用されていました。
「網代」の漢字の由来は?
「網」は、何かを採取・収穫する際に使う「あみ」のことで、「代」には「代わり」という意味が含まれます。竹や草などで作られたしかけは網の代わりと言えるため、「網代」と表記されるようになったと考えられます。
冬の百人一首
先述の通り、京都では宇治川に見える網代は、冬の風物詩として親しまれていました。百人一首の中にも、「網代」を詠んだ和歌が登場します。それが、「朝ぼらけ 宇治の川霧 たえだえに あらはれわたる 瀬々(せぜ)の網代木(あじろぎ)」です。
現代語訳すると、「あたりが徐々に明るくなってくる冬の明け方、宇治川の川面にかかる朝霧も薄くなってきた。途切れ途切れの霧の間から現れたのは、川瀬に打ち込まれた網代木だったよ。」という意味になります。
平等院鳳凰堂や宇治茶など、魅力が満載な宇治。平安時代には、藤原氏の別荘地として栄華を極めていました。この和歌の作者も、歌人である藤原公任(きんとう)の長男・藤原定頼(さだより)です。彼らは、遊覧や初瀬詣(奈良県の長谷寺に参詣すること)などの際に宇治を訪れ、宇治川の網代を見物していたそうです。
実際に、藤原道綱母の『蜻蛉(かげろう)日記』や、菅原孝標女(たかすえのむすめ)の『更級日記』などにも、「網代」の描写が見られます。王朝貴族たちにとって、川面に並ぶ網代木は、何とも不思議で面白いものだったのかもしれません。
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いかがでしたか? 今回の「網代」のご紹介は、皆さまの漢字知識を広げるのに少しはお役に立てたでしょうか? 宇治は、『源氏物語』にある「宇治十帖」の舞台としても知られます。自然豊かで歴史のある宇治で、当時に思いを馳せながら気分転換するのもよいかもしれませんね。
文/とよだまほ(京都メディアライン)
HP:https://kyotomedialine.com FB
参考資料/『デジタル大辞泉』(小学館)
『日本国語大辞典』(小学館)