文・写真/盛真理子(海外書き人クラブ/フランス在住ライター)

第二次世界大戦中、街の80パーセントが破壊されたというノルマンディー地方の港町ル・アーヴル。

「コンクリートの父」とも称される建築家、オーギュスト・ペレによって、戦後に再建された街並みは他の都市にはない独特のものだ。

二つの商業地区を横断する歩道橋からはル・アーヴルの街並みを一望できる。

2005年にユネスコの世界遺産に登録されたこの街の中心部は、市庁舎、アパルトマン、商店街など、コンクリート製の建物が整然と並ぶ。1945年当時の焼け野原は10年間の大規模工事を経て、記念碑的な街として生まれ変わったのだ。

オーギュスト・ペレの設計によるル・アーヴル市庁舎。

それまでの石や木材などの天然資源に代わる画期的な建築資材として、19世紀半ばからヨーロッパを中心に大量生産されるようになった鉄筋コンクリート。ご存知の通り、支柱となる鉄筋の周りにセメント、砂利、水などの混合物を流し入れ、固めて使う。耐久性だけでなく、機密性、遮音性にも優れ、加工段階では柔らかい性質上、サイズや形を自在に作ることができる。

市庁舎前の庭園。左右対称の建物もまた戦後に建造された鉄筋コンクリート製。

一方で、コンクリート開発当初から、その素材の持つ見た目には賛否両論があった。冷たく、無機質な質感は、外観には適さないという考え方が一般的で、表に出すのではなく、見えないところで構造を支える裏方の役割を担うものだった。

こうした中、コンクリートに独自の文脈を見出したのが、建築家のオーギュスト・ペレである。1874年、彼は石工でありながら、後に起業家として活躍した父親のもとに生まれた。ペレは、美術学校で既存の建築理論を学ぶも、独自の造形理念を築いて、新時代の建築家として活躍するという野望を抱いていた。優秀な学生であったにも関わらず、学業をあっさりとやめ、家業であった建築業界でそのキャリアをスタートさせる。

野心的なペレがいち早く注目したのが、原料が安価で機能的なコンクリートという素材だった。

彼が建築家として活躍し始めた頃、業界内では過去の様式主義を否定的に捉え、装飾を排除する流れがあった。ペレは、自分が見出したコンクリートという素材に、新たな美的価値を付加しようと努めた。コンクリートは素材から作るものとも言える。それならば、素材そのものを丁寧に加工し、まるで石を彫刻するように表面を磨けば、天然素材を上回る美しさを放つと主張した。

街のシンボルであるサン・ジョゼフ教会。ペレの構想のもと建てられた。

こうした理念は、戦後のフランスが、国家政策の一つとした復興事業の中で、独創性のある新しい試みとして採用された。外観も内部もコンクリートを打ち放った、ル・アーヴルにおけるモダニズム建築群の誕生だ。

サン・ジョゼフ教会の内部。高さ107メートルにも及ぶ尖塔部分のスケール感に圧倒される。
多色のステンドグラスから差し込む柔和な光が教会内を幻想的に染める。

さて、ペレの都市再建事業から遡ること1世紀、印象派という言葉の由来とされる名画、クロード・モネの「印象・日の出」が、このル・アーヴルの街で描かれたことをご存知だろうか。

風刺画を描きながら生活していたモネが、ル・アーヴルの街で初めて風景画を描いたのは1858年のこと。それから、モネは戸外で油絵を描くことに専念する。1874年にパリで開催された「印象派展」で、展覧会名になぞらえたかのようなタイトル、「印象・日の出」を出品し、新しい美術の波が形成されていく。

単色の絵の具のついた筆を、そのままキャンパスにペタペタと押し付けたような画法は、当初痛烈な批判にもさらされた。しかし、同時代の画家たちはそれぞれが影響を受け合いながら、同様の傾向を帯びた作品を残すのだ。その多くは、モダニズムを象徴するような情景、もしくはごくありふれた日常風景が、臨場感豊かに描かれたものだ。

ル・アーヴルに行くのなら、フランスで二番目の印象派コレクションを誇る、マルロー美術館に足を運ぶのもいいだろう。例えば、ウジェーヌ・ブーダンや、カミーユ・ピサロ、ラウル・デュフィが描いたル・アーヴルの風景画を観るといった楽しみ方もある。また印象派画家として有名なルノアール、ドガ、シスレーなどの作品も所蔵されている。

コンクリート建築と印象派絵画。一見全く異なる組み合わせ。しかしながら、ル・アーヴルの歴史をたどるとき、斬新かつ先駆的だった戦後の街の再建と、今もなお世界中で人々を魅了する芸術的潮流の間に、徐々に共通点が見えてくる。

モネを初め、印象派の画家たちが描いたル・アーヴルの海辺。  

それは、フランスという国が自らの手で、その文化を作り上げていくという、使命感とも取れるコンセプトにおいて明らかになる。奇抜さや、異様さ、野暮さなど、その時々の一般的な常識や美意識からは外れるものにも積極的に向き合い、新たな実践を推奨する。更に独自の称号を与えて評価する。このプロセスの全ては、歴史、もしくは遺産として、体系化されるのだ(余談であるが、パリに本部を置くユネスコもまた、20世紀初頭からこの国が主導して作り上げた専門機関が前身となっている)。

19世紀から20世紀にかけてのフランスで、近代化という出来事を性格付けるためには、コンクリート建築も、印象派というネーミングも打って付けのトピックだったに違いない。

2015年にオープンした、オスカー・ニーマイヤーの建築による、図書館などを含む文化施設、「火山」。ル・アーヴルの街は今も更新され続けている。

ル・アーヴルを旅して、この国の歴史に欠かせないものは、過去を語り継いで守っていくことだけでなく、今ある状態をどのように文化という財産に変えていくかという、現在進行形の壮大なストーリーテリングなのではないかと気付かされた。   

ル・アーヴル 観光案内所(Le Havre Etretat Normandie Tourisme)
【住所】186 boulevard Clemenceau – BP 649 – 76059 Le Havre
https://www.lehavre-etretat-tourisme.com

サン・ジョゼフ教会(Église Saint-Joseph)
【住所】12 Rue Louis Brindeau 76600 Le Havre

マルロー美術館(Musée s’art moderne André Malraux)
【住所】2 boulevard Clemenceau 76600 Le Havre

Le Volcan
【住所】Le Volcan 8 place Niemeyer 76600 Le Havre
https://www.levolcan.com

文・写真/盛真理子(海外書き人クラブ/フランス在住ライター)
上智大学文学部哲学科及びパリ第8大学先端芸術学部美術研究科卒業。パリを拠点に現代アートのマネージメント業務を行う傍ら、執筆業にも携わる。世界100カ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。

 

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