文・写真 /レリソン田島靖子(海外書き人クラブ /フランス在住ライター)

フランス南部、ニースやカンヌから北へ100キロほど進んだところに、ラ・ミュール・アルジャンという村がある。日本人の旅先候補にはおそらく挙がらないであろう、山あいの小さな村だ。静まり返った山に囲まれ、夜にはフクロウの歌声が響く。
ラ・ミュール・アルジャン

ラ・ミュール・アルジャン

ラ・ミュール・アルジャン

誰が予想できるだろうか。こんなところに、日本の土偶と埴輪(はにわ)にハマりすぎてしまった、一人の愛すべきフランス人がいることを。
まずは彼の部屋の中の写真を見ていただきたい。

本の土偶と埴輪にハマりすぎてしまった、一人の愛すべきフランス人 本の土偶と埴輪にハマりすぎてしまった、一人の愛すべきフランス人本の土偶と埴輪にハマりすぎてしまった、一人の愛すべきフランス人

日本人ならなんとなく見覚えがあるであろう、これらの土偶や埴輪。でも教科書や博物館で見たものとは、何か違うような……。所有者はこの村に住む大学教授ブリュノー・シボナ氏。だがこの写真にうつっている土偶はすべて、日本で買ってきたレプリカなどではない。なんとブリュノー氏が一から手作りしているのだ。縄文土偶の魅力に取り憑かれるあまり、自分で手作りしてしまうという、おそるべきステージに足を踏み入れたフランス人。それが彼だ。

「本物の縄文土偶は素焼き(釉薬をかけず、低い温度で焼き固める)だったのに対して、僕は海藻を使った釉薬をよく使っているよ」土偶制作について熱く語るブリュノー氏。

「本物の縄文土偶は素焼き(釉薬をかけず、低い温度で焼き固める)だったのに対して、僕は海藻を使った釉薬をよく使っているよ」土偶制作について熱く語るブリュノー氏。

その製作は、散歩がてら近くの川辺で泥を集めに行くところから始まる。

その製作は、散歩がてら近くの川辺で泥を集めに行くところから始まる。

地下の倉庫を、土偶作りのためのアトリエに改装中。ろくろと窯もある。

地下の倉庫を、土偶作りのためのアトリエに改装中。ろくろと窯もある。

フランス生まれだが在英歴が長く、現在は南仏の大学で英語を教えているブリュノー氏。つまり土偶制作は仕事ではなく、趣味である。いったい縄文土偶の何が、ここまで彼を夢中にさせたのか。

ブリュノー氏宅のテラス。よく見ると日光浴をしている土偶たちがいる。

ブリュノー氏宅のテラス。よく見ると日光浴をしている土偶たちがいる。

南仏の光を浴びて気持ち良さそう。

南仏の光を浴びて気持ち良さそう。

◾パリをざわつかせた「縄文」の謎

日本では近年、「縄文女子」という言葉が生まれるなど、縄文時代が新しい文脈の中で注目されるようになった。縄文女子とは、縄文時代の土偶のかわいらしさにハマる若い女性のこと。口をぽかんとあけた「みみずく土偶」(https://webarchives.tnm.jp/imgsearch/show/E0062200)や宇宙人を連想させる「遮光器土偶」(https://www.tnm.jp/modules/r_collection/index.php?controller=dtl&colid=J38392)(いずれも東京国立博物館蔵)など、理屈抜きで感性に訴えかける造形に「かわいい……」と女子たちが夢中になったのだ。

実はパリでも昨年、20年ぶりとなる「縄文」展が開催された(「縄文—日本における美の誕生」/日本文化会館)。同時期にパリで開催された「若冲」展(プティ・パレ美術館)ほどの興行的成功はなかったものの、一部の日本好きの間では大いに話題となった。何のために作られたのか等、解明されていない謎が多い点も、議論好きのフランス人を沸かせた。多くが女性の胸や尻を強調したフォルムであることから、安産祈願に使われたとする説。体の一部が故意に壊された形跡があることから、呪術や儀式に使われたとする説。諸説あるが、パリの会場ではその他にも「子どもに言うことを聞かせるために使われた」説、「胸をさわって楽しむ、大人のおもちゃ」説など、ひとつひとつの土偶を前に議論が盛り上がっていた。

■40年前の「ひとめぼれ」

だが、そもそもブリュノー氏が土偶や埴輪にハマり始めたのは、日本に縄文ブームが訪れるよりもずっと前のこと。1978年、当時20歳前後であったブリュノー氏は、日本旅行を計画し、1冊の本を買ったという。日本の歴史を紹介するその本のなかで、ブリュノー氏は運命の出会いを果たす。

「一番最初に惚れ込んだのは、この埴輪だった。かみなりに打たれたみたいだったよ。もともと原始的なものが好きだけど、この埴輪は造形的にあまりにも強く、生きているみたいだった。死者のためにダンスをおどっているようなこの形。僕にははっきりと、歌さえ聞こえたんだ」

きっかけとなった埴輪の写真

きっかけとなった埴輪の写真

窯の中の埴輪(ブリュノー氏制作)

窯の中の埴輪(ブリュノー氏制作)

ちなみに土偶とは縄文時代に使用された人物や動物の土製品。埴輪とは4世紀以降に登場した素焼きの土製品で、古墳に並べるためにつくられたもの。埴輪については、死者のために作られたものであることが、大いにブリュノー氏の興味をひいたという。

その翌年、実際に日本へ行き、縄文・弥生時代に関する本を買い漁った。縄文ブームなどかけらもない時代、手に入ったのは数冊の本とポストカードだけだった。

実際に自分で作り始めたのは2004年頃。当時イギリスの大学でフランス文学を教えていたブリュノー氏は、仕事に行き詰まりを感じ始めていた時期だったという。気晴らしにオックスフォードの人類学博物館に通いつめては、古代に思いを馳せ、ものづくりへの情熱を高めていった。もともと概念的な世界にいるよりも、自分自身の手を使ってモノを作ることが好きだった。買うよりも作ったほうが、ずっとおもしろいじゃないか–––そうしてついに、当時住んでいたロンドンの家の庭で、趣味として埴輪の制作が始まった。翌年、もっと本格的に陶器の勉強をしたいと、ウェールズで講座を受け始める。さらに翌年から4年間かけて、自然のなかで拾ってきた材料を使って、穴窯を自分でつくってしまったという。すべて仕事とは関係なく、完全なる趣味としておこなっていたことである。

初期に作った「火焔型土器」。お香立てとして使っている。

初期に作った「火焔型土器」。お香立てとして使っている。

あっというまに大家族が出来上がった。

あっというまに大家族が出来上がった。

「作ったものは皆、家族。それぞれの子が自分の人生を生きている」と語るブリュノー氏。ひとつひとつの埴輪や土偶にキャラクターがあり、それぞれの物語を持つ。「小さい土偶なら2晩くらいで作れる。1晩目に原型をつくり、2晩目に模様をつける。19時頃からはじめて夜中の1時くらいまで、好きな音楽を流して、ビールを飲みながら大好きなものを作る時間は至福だよ」

「毎回作り方は違うし、いつも失敗のリスクがある。これなんかは、巨乳にしすぎて、窯の中で胸が全部落ちちゃったんだ(笑)

「毎回作り方は違うし、いつも失敗のリスクがある。これなんかは、巨乳にしすぎて、窯の中で胸が全部落ちちゃったんだ(笑)

最初は完全なるコピーだった土偶制作だが、最近では縄文土偶だけでなく、複数の文化をミックスした陶器をつくることも楽しんでいる。たとえば、食卓のある居間でひときわ異彩を放つこの三体。

なんだか、ドビーみたいなのもいる。

なんだか、ドビーみたいなものもいる。

これらはシーラ・ナ・ギグ(女性の外陰部が誇張して表現される、ケルトの古代彫刻)から発想を得た。もちろん彼女たちにも、物語がある。真ん中にいるのがきつねのプリンセス、両側にいるのは忠誠心の深い用心棒。プリンセスが手に持っているのは元恋人の骸骨だが、殺したのは用心棒たちだそうだ。逆らってはいけない、おそろしきプリンセスである。

酒器として日常使いしているこれらの陶器も、マヤ文明や中国の青銅器文化など、複数の文化からインスピレーションを得て作られたもの。

酒器として日常使いしているこれらの陶器も、マヤ文明や中国の青銅器文化など、複数の文化からインスピレーションを得て作られたもの。

◾ 好きなものに囲まれる暮らし

20年に渡る英国在住、その後離婚を経て、現在は故郷南仏で悠々自適の一人暮らしをするブリュノー氏。モノ作り全般が好きで、友人が集まったときのパーティー料理も、趣味の弓道に使う弓矢も、すべて自分ひとりで作る。外を歩くときは、面白い形の木の枝から、蛇の死体まで、なんでも拾って持ち帰る。動物の骨、アフリカのお面、昆虫の標本……、博物館のようにモノがひしめく家の中で、いたるところから土偶や埴輪が顔を出す。動物の骨、アフリカのお面、昆虫の標本…博物館のようにモノがひしめく家の中で、いたるところから土偶や埴輪が顔を出す動物の骨、アフリカのお面、昆虫の標本…博物館のようにモノがひしめく家の中で、いたるところから土偶や埴輪が顔を出す動物の骨、アフリカのお面、昆虫の標本…博物館のようにモノがひしめく家の中で、いたるところから土偶や埴輪が顔を出す

日本好きは加速しており、リビングには日本の神社で買った絵馬が並べて吊るされていたり、ブリュノー氏の足元はなぜか時に地下足袋だったりする。数年前、日本のガチャポンでとった埴輪フィギュアは宝物だそうだ。

「これがほしかったのにぜんぜん出なくて、躍起になって何度もやった。機械の前にうずくまって、両替を繰り返してね(笑)」。

前例右から二番めが、ガチャポンでとった埴輪フィギュア。

前例右から二番めが、ガチャポンでとった埴輪フィギュア。

書斎の照明は、よくみると「焼きとり」

書斎の照明は、よくみると「やきとり」

テラスからは雄大な山が見えるテラスからは雄大な山が見えるが、その中を電車が通る瞬間が大のお気に入りだそうだ。珍しい昆虫を見つけては、這いつくばって観察しようとする姿は、まさに少年である。趣味は男性を少年にかえらせると言うが、とことん好きなものを追いかけ、生きることを貪欲に楽しむ姿は、私が想像するサライ読者にも重なるものがあった。

取材に訪れた日は、「縄文クッキー」を振る舞ってくれた。原材料は猪肉、砕いた栗、ドライフルーツ、アーモンドの粉、玉ねぎ、パセリ、卵。

取材に訪れた日は、「縄文クッキー」を振る舞ってくれた。原材料は猪肉、砕いた栗、ドライフルーツ、アーモンドの粉、玉ねぎ、パセリ、卵。

ラ・ミュール・アルジャン観光局 https://la-mure-argens.com
東京国立博物館 https://www.tnm.jp/
ブリュノー・シボナ氏著作 https://www.amazon.fr/s?k=bruno+sibona&ref=nb_sb_noss

文・写真/レリソン田島靖子(フランス在住ライター)
慶應義塾大学美学美術史学専攻卒。幼稚園教諭として働きながら、教育・アート系の記事の執筆をおこなう。月刊『美術の窓』(生活の友社)にて「ハリネズミのときどきパリ通信」連載中。海外書き人クラブ(http://www.kaigaikakibito.com/)会員。

 

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