⼤河ドラマや時代劇を観ていると、現代ではあまり使われない⾔葉が多く出てきます。一定の理解でも番組を楽しむことはできますが、セリフの中に出てくる歴史⽤語を理解していたら、より楽しく鑑賞できることと思います。
そこで、【戦国ことば解説】では、戦国時代に使われていた⾔葉を解説いたします。⾔葉を紐解けば、戦国時代の場⾯描写がより具体的に思い浮かべていただけることと思います。より楽しくご覧いただくための⼀助としていただけたら幸いです。
さて、この記事では陣立(じんだて)の「魚鱗(ぎょりん)の陣」や「鶴翼(かくよく)の陣」という⾔葉をご紹介します。そもそも「陣立」とは、戦いをするための陣の構え方のことです。「陣備(じんぞなえ)」とも呼ばれました。
軍隊同士がぶつかり合う戦場において、部隊をやみくもに戦わせて戦力を無駄に消耗するのではなく、合理的に統率することは極めて重要でした。自軍の被害を最小化しつつ、敵軍へのダメージを最大化するために、さまざまな陣立が考案・実践されたのです。陣立の中で、「魚鱗の陣」「鶴翼の陣」は代表的なものとして、数多くの戦場で用いられています。
2023年NHK大河ドラマ『どうする家康』では、三方ヶ原の戦いで徳川家康は「鶴翼の陣」を、対する武田信玄は「魚鱗の陣」を構えて向き合うことになります。
陣立とは
「陣立」とは、戦いをするための陣の構え方のことです。戦場における軍隊の配置や編成になります。総大将は本陣の位置を決めるとともに、配下の者たちに布陣する位置を指示していました。合戦は、時間や場所が決まっているわけではないので、おおまかな陣立を決めて、その時々の状況に応じて布陣するという柔軟性が求められたのです。
そのような中で使用された陣形が「八陣(はちじん)」と呼ばれるもの。八陣の考案者は、三国志の名軍師として名高い諸葛孔明とされています。
中国の兵法書が日本に伝わったタイミングについてですが、『続日本紀』には吉備真備(きびのまきび)が唐から八陣を日本に初めて伝えたと記載されています。日本に伝わった八陣は平安時代の学者・大江維時(おおえのこれとき)によって、魚鱗・鶴翼・雁行(がんこう)・長蛇(ちょうだ)・偃月(えんげつ)・鋒矢(ほうし)・衡軛(こうやく)・方円(ほうえん)という名称(和名)を当てられたとか。
中国から伝わった陣立などの兵法は、日本独自の兵法へと変貌を遂げ、やがて『闘戦経(とうせんきょう)』といった兵法書の登場にもつながっていきます。
江戸時代初期に、武田氏家臣の遺記をもとにして書かれた『甲陽軍鑑』には、「魚鱗の陣」や「鶴翼の陣」についての言及があり、戦国時代には八陣が実際に利用されていたと推測することができます。
例えば、天正17年(1589)の磐梯山麓(福島県)での摺上原(すりあげはら)の戦いでは、伊達政宗は「鶴翼の陣」を、対する蘆品義広(あしな・よしひろ)は「魚鱗の陣」を採用していたとされています。ちなみにこの戦いの勝者は、政宗でした。
陣立の種類
次に、八陣で有名な「魚鱗の陣」と「鶴翼の陣」について見ていきましょう。
魚鱗の陣
八陣の一つである「魚鱗の陣」。別名・車懸(くるまがかり)の陣。魚の鱗のように配置された陣形であることから、その名前が付きました。少ない兵力で多くの敵と戦う際に用いる陣形です。三角形のピラミッドの形に部隊を配置するのが特徴。敵と戦った部隊が繰引(くりびき)し、先鋒が崩れても次鋒をすぐに繰り出すことができるのが強みです。敵軍の中央突破に有効。上杉謙信が得意として、第四次川中島の合戦で用いたとされています。
鶴翼の陣
八陣の一つである「鶴翼の陣」。鶴が翼を広げたような陣形を特徴とし、中央に位置する本陣が後ろに、左翼と右翼が最前線に立ちます。そして、敵軍を両翼の二軍が挟み込んで戦うというスタイルです。敵よりも兵力で勝る場合に実践され、敵を包囲する際に有利とされています。
元亀3年(1572)の三方ヶ原の戦いでは、家康は兵数が少ないにもかかわらず、「鶴翼の陣」を用いたとされています。対する武田信玄は「魚鱗の陣」を敷いていました。この戦いで家康は信玄に惨敗し、命からがら浜松城に逃げ帰りました。
武田軍の方が兵力・作戦ともに勝っていたにも関わらず、家康が鶴翼の陣を用いた理由は不明です。家康は重臣の反対を押し切って、城から出ていますので、なんとか信玄を包囲して打撃を与えたいという心理が働いたのかもしれません。
まとめ
中国から伝わった八陣の陣法は、日本で「魚鱗」「鶴翼」といった名称をつけられ、代表的な陣立として、戦国時代にも多用されました。
戦闘では、どちらが勝ったのかという結果に目が行きがちです。しかし、その結果に至るまでにどのような陣形が採用され、どのように戦っていたのかを知ることで、合戦の実像にいっそう迫ることができるのかもしれません。
※表記の年代と出来事には、諸説あります。
文/三鷹れい(京都メディアライン)
HP:https://kyotomedialine.com FB
引用・参考図書/
『⽇本⼤百科全書』(⼩学館)
『世界⼤百科事典』(平凡社)