取材・文/坂口鈴香
秋元良和さん(仮名・61)の母、奈津江さん(仮名・90)は圧迫骨折で90日間入院した。退院時には別人のように衰えていて、車いすに座るのもやっとという状態だったが、秋元さんが泊まり込んで奈津江さんを見守った。手助けは最低限にして、奈津江さんの持つ力を引き出していったのだ。すると1か月もしないうちに、車いすを使わずに歩けるようになった。
意地悪な母が戻ってきた
奈津江さんの身体機能が回復するとともに、母親らしさも戻ってきたと秋元さんは喜ぶ。奈津江さんらしさとは? と聞くと、「母はもともと意地悪な人なんです」という予想外の答えが返ってきた。
「気に入らないことがあると、家の中からドアチェーンをかけて、私を締め出すんですよ。中にいるのがわかっているのに、呼んでも返事をしない。『デイサービスで意地悪された』と言って拗ねていたり、『帰れ帰れ!』と叫んだり……物理的にも精神的にも、息子であろうとも自分のテリトリーに入ってきてほしくないのではないかと思います。チェーンをかけられたときは、開け方を調べてチェーンを外して中に入りましたが、母は知らん顔をしていました。今後のこともあるので、チェーンは取り外してしまいました」
傍から聞いていれば、ユーモラスな母と息子の攻防ではある。一筋縄ではいかない人ではあるが、良く言えば自立心が強いということなのかもしれない。
秋元さんが「入院前に戻った」と感じるのは、こんなときだ。
「デイサービスに行くときは、8時半に起きて用意して、9時に出かけるんですが、最近は私が声をかけてもなかなか起きなくなりました。8時45分まで寝ているので『早く起きろ』と言うと、母は『やかましい!』『出ていけ!』とか言い返すんです。毛布をかぶっているので取ろうとすると、私を蹴ろうとする。それだけ元気になったということでもあるので、喜ばしいことではあるんですが」
秋元さんは、奈津江さんが一人暮らしをしていたころから、毎朝電話をしていたという。そのころの口癖「サンキューベリマッチ」も戻って来た。奈津江さんは、昔米軍キャンプでメイドの仕事をしていたのだという。昔覚えた英語が出てくるのは、奈津江さんの調子が良い証拠だと秋元さんは笑う。病院を受診しても、担当医が「どうですか」と聞くと、奈津江さんは「グー」と指を丸める。
「担当医の前でアメリカ人のように足を組んでいるんです。デイサービスでは、足を横に曲げるのさえ痛そうな顔をしているのに(笑)。『できるくせに』と冷ややかに見ています。腰が痛いのは本当だとは思いますが、こういう母を見ていると、やはり甘やかしてはいけないと改めて思いますね」
【「と言いました」に包まれた本音。次ページに続きます】