「と言いました」に包まれた本音
秋元さん自身も介護でストレスをためないようにしているのが伝わってくる。奈津江さんのところに泊まって、掃除や洗濯は秋元さんがやっているが、食事は弁当を頼んでいるので料理はしていない。“意地悪”な奈津江さんとは、口ゲンカも普通にする。
「母がそんな息子をどう思っているのかはわからない」と言いつつも、再雇用を辞退し60歳で退職したことは結果的に良かったと思っている。
老いた母親と息子の関係は難しい、とこれまでも書いてきた。秋元さんと奈津江さんは、つかず離れずの理想的な距離感といえるだろう。
最近の奈津江さんの口癖は「と言いました!」だ。
「『ケアマネジャー、帰れ』と言いました!」と、奈津江さんの本心を、まるで違う誰かが言ったかのように言う。こうして、底意地の悪い本音を口に出せるようになったことが、奈津江さんを解放したのかもしれない。
自由になった母が少しうらやましくもある――これもまた秋元さんの本音なのだろう。
取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。