取材・文/坂口鈴香
秋元良和さん(仮名・61)の母、奈津江さん(仮名・90)は圧迫骨折で90日間入院した。認知症もあったので、奈津江さんの状態がどうなるか心配していた秋元さんだったが、コロナ禍で面会もかなわない。病院からは奈津江さんを再び家に帰すのは無理だろうと言われたものの、小規模多機能型(※)の施設が受け入れ態勢を整えることで自宅に戻れることになった。ところが退院した奈津江さんは、なんとか車いすには座っていただけで生気もなく、歩けない状態になっていた。
母を甘やかさない
秋元さんが定年退職していたのは幸いだった。奈津江さんはデイサービスに週4日通い、そのうち1日は施設に泊まる。それ以外の日は、秋元さんが奈津江さんのところに泊まり込むことにした。
「母の衰えぶりに、衝撃を受けました。入院するまでデイサービスには送迎車まで自分で歩いて行っていたのが、車いすから立ち上がるのも難しくなっていました。自宅から母の家に行くと、倒れていることもたびたびありました。トイレから自室に戻れていないようでした。90日間の入院生活で足腰が弱ってしまっていたこともありますが、家の間取りがわからなくなっていたんです。トイレまで行けなくて、失禁してしまうことも多くなっていました」
表情がないことも気になった。ボーっとしていて、会話もできない。話しかけてもうなずくのが精いっぱい。身支度も一人ではできかなった。
秋元さんは奈津江さんの姿に胸を痛めたものの、甘やかすことはなかった。
「デイサービスでは、母ができないことは何でもやってくれているようでしたが、私はそうはさせません(笑)。着替えも『自分でして』と言って、時間がかかっても手助けはせずに自分でしてもらうようにしました」
奈津江さんは、トイレまで10歩ほどの距離を歩くのにも、手すりにつかまっていてもたびたび倒れてしまう。それでも、しばらくは奈津江さんの持つ力を信じて、心を鬼にして奈津江さんを見守るだけにした。
見かねたデイサービスから「ポータブルトイレをベッド脇に置いてはどうか」と提案された。秋元さんもポータブルトイレの導入を検討するつもりになったが、そのうちに奈津江さんは倒れずにトイレまで行けるようになったという。
デイサービスの職員や他の利用者と会うのも刺激になり、リハビリにも意欲が出てきたのだろう。1か月もしないうちに、奈津江さんは表情を取り戻していった。
「リハビリと言っても、ケアプランには『身体機能改善プラン』と書いてあるだけで、内容は紙風船を打ったり、絵本を読んだりと、ものすごく効果の上がりそうなリハビリをしているというわけでもないんですけどね」
秋元さんは淡々と語る。
【一人で外に出てしまわないか心配するほどに。次ページに続きます】