取材・文/坂口鈴香

一定の安定した状態を保っていた老いた親が、何かのきっかけでガクンと悪くなることは少なくない。なだらかに下がっていくのではなく、階段状に落ちる。その段差は大きい。

秋元良和さん(仮名・61)の母、奈津江さん(仮名・90)の場合、そのきっかけとなったのは圧迫骨折だった。

認知症の母が圧迫骨折で入院することに

奈津江さんは20年近く前に夫を亡くして以来、一人で暮らしていたが、10年ほど前から幻視や幻聴が表れるようになった。

「家から外に出るたびに『駐車場に人が死んでいる』『人が殺されるのを見た』とか、『あのマンションが建つときに、工事現場の人がはしごから落ちて死んだ。埋められたのを見た』などと物騒なことを言うんです。おかしいとは思いましたが、記憶が混乱しているだけかもしれないとそのままにしていました」

数年経って、さすがにこれはおかしいと病院を受診すると、レビー小体型認知症と診断された。介護認定も受けて、デイサービスに通うようになった。

「そのころ私は単身赴任で、数年おきに全国を転勤していたので、母の介護にはほとんど関われていません。幸い妹が近くに住んでいたので、家事は妹がやってくれていました」

そして今年、秋元さんは定年退職して地元に戻った。ちょうどそのころ、奈津江さんが腰痛を訴えるようになった。以前からたびたび転んだり、どこかに身体をぶつけたりしては「腰が痛い」と言っていたので、またいつもの腰痛だろうと思っていたが、あまりに痛みを訴えるので病院で詳しく調べてもらうことにした。

「すると、これまでの腰痛とは違う部位を圧迫骨折していることがわかりました。しかも骨が2センチもずれているので、しばらく入院させてはどうかと言われました。胸まであるコルセットをつくって安静にさせるしかないということでした」

もう一人暮らしは無理だろう

奈津江さんの入院は90日に及んだ。コロナ禍で会うこともかなわず、奈津江さんと会話できるのは電話だけという状態だった。

奈津江さんの骨折は快方に向かってはいるということだったが、認知症がどこまで進んでいるかは会ってみないとわからない。秋元さんは、退院後の奈津江さんをどうするかという問題に直面した。

担当医をはじめ病院側は、奈津江さんが一人暮らしをするのはもう無理だろうという考えだった。

「自宅に戻せないとなると施設に入れるしかありません。施設がすぐに見つからないなら、せめてそれまで利用していたデイサービスを運営している小規模多機能型(※)の施設の利用回数を増やすしかない。ともかく何らかの道筋が決まらないことには、退院許可も出せないと言われました。そこで、ケアマネジャーと病院とで1週間かけて話し合い、小規模多機能型の施設が母の状態に合わせた新しいプログラムをつくって、母の受け入れ態勢を整えてくれるということで、退院することになりました。本当はもう少し早く退院できるはずだったのが、このような態勢を整えていたので、入院期間が限度いっぱいの90日になったというわけです」

およそ3か月の間、奈津江さんの顔を見ることのできなかった秋元さんは、退院時の奈津江さんの姿に愕然とした。

「病院内ではリハビリのために手押し車で運動していたと聞いていましたが、まったくそんな状態ではありません。車いすになんとか座ってはいたもののグッタリしていて、生気もありませんでした」

しかし、「病院は何をしていたんだ」「リハビリをしてくれなかったのか」などと責めるつもりはまったくないという。

「コロナ禍で、しかも認知症の母に病院は精一杯のことをやってくれたと思います。入院中の母の状態はよくわかりませんでしたが、担当医や看護師の話から推測するしかないのは、コロナ禍なので当然のことです。退院後ソフトランディングできるよう、90日の入院期間ギリギリまで置いてくれたことにも感謝しています」

※小規模多機能型居宅介護:デイサービスを中心に訪問介護やショートステイを組み合わせてサービスを提供し、中重度になっても在宅での生活が継続できるよう支援している。

寝たきりになってもおかしくなかった母【2】につづく。

取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。

 

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