東京の山種美術館では、開館50周年を記念した特別展として日本画家・速水御舟の回顧展「速水御舟の全貌」が開催されています(12月4日まで)。同館学芸員の方によるギャラリートークの解説を交えて、本展をご紹介いたします。
山種美術館は、1966年に開館した日本初の日本画専門の美術館。1976年に、旧安宅産業所蔵の御舟作品105点一括購入したことで知られています。今回の展覧会では同館のコレクションの他に、他所蔵の作品も展示し、御舟の画業を通観できるようになっています。
「梯子の頂上に登る勇気は貴い、更にそこから降りて来て、再び登り返す勇気を持つ者は更に貴い」という画家自身の言葉の通り、速水御舟は一つのスタイルに留まることなく、繰り返し新たな画風に挑戦した画家です。展示室を見渡すと、とても一人の人が描いたとは思えない幅広い画風の絵が並んでいることに気付きます。
1894年に東京で生まれた御舟は、14歳の頃から画塾で絵を習いはじめ、24歳のときに京都の修学院離宮の近くに移り住みます。この頃、御舟は「群青中毒にかかった」と言うほど、青色に傾倒しました。『洛北修学院村』は、そんな御舟の色に対するこだわりが良く表れています。
「全面的に青い印象の作品ですが、人物には影のような群青の隈(くま、縁取り)が施され、木々には細い線がひかれ、細部はしっかりと描き込まれています。現在でも京都修学院離宮のあたりにはこのような風景が残っていますが、絵と同じように、村は上から見下ろす角度で、山は下から見上げる角度で同時に見られるような場所はありません。複数の視点が一つの画面で融合されていますが、破綻することなく自然に描かれています」(ギャラリートーク内の解説)。
油彩画的な質感描写を、日本画の画材で追求しようと試みた作品が、『鍋島の皿に柘榴』です。冷たく硬質な磁器の触感、表面が傷ついた柘榴の柔らかそうなつやのある触感が見事に伝わってきます。ぱっと見ると、油彩画に見える迫真の写実です。
最後の展示室に入ると、教科書や切手でもお馴染の作品、『炎舞』が登場します。暗めの展示室のなかでスポットライトが当たり、不思議なことに画面が発光しているかのように見えてきます。
特に注目していただきたいのが、背景の闇の色です。
「ご覧いただくとおわかりになると思いますが、ただの黒ではありません。おそらく青味を帯びた墨に「黄口朱」(きぐちしゅ)という黄味を帯びた朱の色を重ねて塗っていますので、深いあずき色のような紫がかった、複雑な色になっています。しかし、塗り重ねているにもかかわらず、刷毛目はほとんど見えず、まるで染めたかのように均一です」(ギャラリートーク内の解説)。
御舟自身も「もう一度描けといわれても、二度とは出せない色」と、振り返っています。会場に行かれたら、ぜひ作品に近づいて、重層的な色をじっくり確かめてください。
【[開館50周年記念特別展] 速水御舟の全貌 ―日本画の破壊と創造―】
■会期/2016年10月8日(土)~12月4日(日)※ 会期中、一部展示替えを行います。
■会場/山種美術館
■住所/東京都渋谷区広尾3-12-36
■電話番号/03・5777・8600(ハローダイヤル)
■料金/一般1200円(1000円) 大高生900円(800円) 中学生以下無料
※( )内は20名以上の団体料金。
※障がい者手帳、被爆者健康手帳をご提示の方、およびその介助者(1名)は無料。
※きもの割引:会期中、きものでご来館のお客様は、団体割引料金となります。
※リピーター割引:本展使用済入場券(有料)のご提出で会期中の入館料が団体割引料金となります(1枚につき1回限り有効)。ただし、複数の割引の併用はできません。
■開館時間/10時~17時(入館は16時30分まで)
■休館日/月曜日
■アクセス/JR・東京メトロ日比谷線恵比寿駅より徒歩約10分、恵比寿駅西口より都バス(学06番 日赤医療センター前行)「広尾高校前」下車徒歩約1分、渋谷駅東口ターミナル54番乗場より都バス(学03番 日赤医療センター前行)「東4丁目」下車徒歩約2分
※山種美術館の公式サイトはこちら
取材・文/藤田麻希
美術ライター。明治学院大学大学院芸術学専攻修了。『美術手帖』