文・写真/梅本昌男(海外書き人クラブ/タイ・バンコク在住ライター)

飛行機や長距離バスが台頭する前、タイ国内の移動は列車が主だった。当時、各地から首都バンコクへやって来る人々はファランポーン駅へまず到着した。日本で言えば「上野駅」のような存在だ。

ファランポーン駅は1916年に竣工、100年以上の歴史を持つ。タイで現存する最古の駅でもある。ドイツのフランクフルト駅を模範にし、タイで活躍していたイタリア人建築家マリオ・タマーニョが設計した。

立派なお別れイベントも開かれた。しかし…

この歴史ある場所、去年12月23日に中央駅としての役割を新しく出来た郊外のバンスー駅に譲り渡す予定になっていた。同駅の歴史を写真で辿る展示やお別れコンサートなどの記念のイベントが開かれ、私も最後を見届けようと足を運んだ。

予想していたように多くの人が「最後の日」を惜しんでいた。

赴きのある駅内に入ると、昔、ここからタイ各地へ赴いた時のことを思い出す。日本と違いタイでは列車の運行は遅れるのが「当たり前」。しかし、昔ながらの風情ある列車で喧噪や忙しさから逃れた旅をするのも乙なものだ。

有終の美を飾ろうと旧式の列車もプラットフォームに停まっていた。

国際夜行列車でマレーシアに向かった際、陸路で国境を越えるというのは変な感覚だなと思った。地は続いているのに、突然、「ここまでタイです」「ここからマレーシア」と言われても実感が湧かなかった。

アユタヤに行った帰り、日が落ちた中、列車は民家からほど近い場所を走っていた。惰行すると、家の中で電燈の下でTVを観ていたり、床に車座になってご飯を食べている人々が見えた。旅人らしい切ない気分になった。

160キロを自動車で走って来た家族。

この日、私と同じようにファランポーン駅に多くの人が別れを告げに来ていた。バンコクから東に約160キロのプランチンブリ県から来た家族に会った。老いた父親がバンコクに列車で上京し働いていたそうだ。彼のたっての願いで自動車に乗って来たという。「私自身は列車に乗ったことはほとんどありません。時間がすごくかかり、遅れるのが常ですから」と娘は言う。

駅内にはタイ鉄道の歴史を辿れる小さな博物館もある。鉄道マニアには堪らない品物が色々展示されていて、ファランポーン駅が列車の運行を休止した後も開館を続けるということだった。

ミニ博物館の入場は無料だ。

想い出を噛みしめ、駅を去った…のだが、何と数日後、驚きのニュースを観た。

ファランポーン駅を惜しむ声が出たことから、運行休止するのをストップしたというのだ。バンスー駅に中央駅のバトンタッチをする時期はまだ未定だという。タイらしい臨機応変というかあやふやな対応に苦笑いした。

ということで、ファランポーン駅では今もタイ各地へ列車が向かっている。バンコクを訪れた際は懐かしい列車の旅を一度お試しあれ。ただ、予定時刻には到着しないのでご注意を。

文・写真/梅本昌男(タイ・バンコク在住ライター)
タイを含めた東南アジア各国で取材、JAL機内誌アゴラなどに執筆。観光からビジネス、エンタテインメントまで幅広く網羅する。海外書き人クラブ会員https://www.kaigaikakibito.com/)。

 

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