文・写真/梅本昌男(海外書き人クラブ/タイ・バンコク在住ライター)

タイは世界でも有数のホラー映画&ドラマ大国だ。この国で制作されるホラー映画やドラマの数は、他のジャンルの物に比べて非常に多い。ハリウッドでリメイクされた『心霊写真』や、最近、Netflixで話題の『ゴーストラボ:禁断の実験』など日本で観ることができる作品もいろいろある。

タイならではの有名な幽霊たちもいる。その代表格といえるのが、女性幽霊の「ナン・ナーク(ナーク夫人)」だ。何回も映画やドラマ化されていて、2014年に作られた『愛しのゴースト』はタイの歴代映画興行成績を記録した(『タイタニック』を抜いて!)。この2014年度版、実はストレートなホラーではなくコメディ仕立てなのだが、それだけ元ネタの物語がタイの人たちに知られているという証明でもある。

マハブート寺のナークを祭った祠。肖像画も飾られている。

その物語なのだが、19世紀のタイ、村長の娘のナークと貧しい家の出のマークがかけおちして結婚。しかし、マークは徴兵され、妊娠したナークを置いて戦場へ。そして、不幸にもナークと子どもは難産で一緒に死んでしまう。戦争が終わりマークが村に帰って来ると、家には死んだはずのナークと赤ん坊が! 実は、この世に未練を残した妻の幽霊だったのだ。怯えたマークはお寺に駆け込む。ナークは夫との仲を裂こうとする周囲の人々を次々と襲うが、徳の高い僧侶によって退治される……。

多くの女性たちが毎日参拝に訪れている。

このナン・ナーク、モデルとなった女性がいると信じられている。バンコクのプラカノン地区にはマークが逃げ込んだマハブート寺があり、境内にはナークを祭った祠も存在する。この祠には、女性を中心に参拝する人々が絶えない。悲恋の主人公であるナークの霊を慰め、その人智を超えた力によって運を授かろうとしているのだ。

ガスーのイメージ画
(C)シマモトヒロミ/タイランドハイパーリンクス

別の有名な幽霊もやはり女性だ。それは「ガスー」と呼ばれていて、昼間は普通の女性のふりをしているが、夜になると、頭と内臓だけになって空を飛ぶのだ。この幽霊を題材にした映画も何度も作られている。

なぜタイ人はホラーが好きなのか?

タイ人の知人はこう言う。

「私たちの周りには『ピー(幽霊または精霊)』が溢れているんだよ。私たちの多くは仏教徒だけど、仏陀以外にも、様々な神聖な存在を崇めているんだよ」

皆さんご存知のようにタイは仏教国で、国民の9割以上が敬虔な仏教徒。しかし、それだけではなく、アミニズムやヒンズー教の神様も信仰の対象になっている。

例えば、タイの家やビルの敷地内には「サン・プラプーム」と呼ばれる祠があり、ここでは土地神を祀っている。

人気のパワースポットであるエラワン祠

バンコク中心部のショッピングエリア、ラチャプラソン地区にあるエラワン祠。願い事が何でも叶う最強のパワースポットとして有名だが、ヒンドゥー教の宇宙の創造神であるブラフマーを祀ったものだ。願いが叶うように線香をあげて拝むのだが、もっと御利益が欲しければ伝統舞踏の踊り子と演奏家たちに頼み、神に捧げる踊りを舞ってもらううことも出来る。近代的な高層ビル群の中にポツンとある祠との組み合わせが何ともシュールだ。

このエラワン祠の近くの場所に、トリムルティ祠という恋愛に関するパワースポットがある。タイ人から恋愛の聖地と呼ばれているが、こちらはヒンズー教のガネーシャを祀っている。

仏教寺院やこういった祠の前を通り過ぎる際、タイ人たちは必ずと言ってくらいワイ(合掌)をする。歩行中なら良いのだが、タクシー運転手が走行中に一瞬ハンドルから手を離してまでするのだ。信心深いのは分かるが、心臓に悪い。

つまり、タイの人々はスピリチュアルな存在を身近に感じていて、幽霊もまた例外ではないらしい。そのため、幽霊や心霊現象を扱った話題に敏感になり、よりリアルに感じられる。これがホラー大国の背景理由ということだろうか。

ゴーストラボ:禁断の実験:https://www.netflix.com/th-en/title/81306156
タイランドハイパーリンクス:https://www.thaich.net/

文・写真/梅本昌男(タイ・バンコク在住ライター)
タイを含めた東南アジア各国で取材、JAL機内誌アゴラなどに執筆。観光からビジネス、エンタテインメントまで幅広く網羅する。海外書き人クラブ会員https://www.kaigaikakibito.com/)。

 

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