日本で消費される傘は、年間で1億2千万本から3千万本。そのうちの6割にあたる8千万本がビニール傘で、その多くは使い捨てられている。エコロジカルが叫ばれるいま、使い続けられる傘にそろそろ目を向けてもいいだろう。
傘は紀元前1000年ごろのエジプトで考案されたと言われている。18世紀中ごろまで、欧州では傘を使うのは主に高貴な女性で、日傘用だった。一方、裕福な男性の多くは、雨天には馬車を利用し、傘は馬車から玄関まで召使いがさすものであった。18世紀中ごろ、英国に資産家で旅行家でもあったジョナス・ハンウェイなる人物が登場する。彼が生地に油を染み込ませ雨を弾く傘をさして街中を歩いたことから、雨傘の実用性と経済性が世間で認識されようになり、やがて傘は英国紳士のシンボルと言われるまでになった。
『フォックス・アンブレラ』は1868年に英国で創業された傘ブランドだ。創業当時まで、傘は、鯨の骨を使ってつくられていて、武骨で重みもあった。早くから鉄のフレーム(骨)を採用した同ブランドは、19世紀の終わりごろ、U字型断面構造のフレームを開発、傘の耐久性が格段に増した。さらに第二次世界大戦中、パラシュートの製造に携わっていた経験から、それまでのシルクやコットンに替えて、1947年、世界で初めてナイロン(現在はポリエステル)製の傘を開発、飛躍的な軽量化に成功する。雨傘が世界に普及するきっかけをつくった老舗と言える。
紳士は傘をステッキ代わりに
『フォックス・アンブレラ』を象徴するのが細巻きの傘だ。傘の骨の数は8本、生地はナイロンで、細く巻けて強度や耐久性もある。
この細く、気品ある佇まいの傘を英国の紳士たちはステッキの代わりにも使う。昔、ロンドンには使った後、傘を細く巻いてくれる「アンブレラローラー」と呼ばれる専門の職人がいた。しかしナイロン生地で軽く巻きやすい同ブランドの傘は、そんな職人でなくても細く巻くことが可能。登場するとたちまち評判を集めたと聞く。
ロンドン郊外にある本社工場では、生地の裁断からミシンによる縫製、フレームの組み立て、ハンドルの加工など、すべて職人による手作業で生産が行なわれている。手づくりの傘はすべて分解することも可能、部品を交換することでほとんど元通りになる。本社の修理部門には、長く愛用され続けたたくさんの傘が持ち込まれる。家で代々受け継がれてきたような年代ものの傘の修理依頼もあると聞く。もちろん日本からの依頼も受け付けてくれる。
ひとつのものを長く、大事に使う。これはある意味、英国の文化の一部だが、ものを慈しむ姿勢は、地球の環境を守ることに繋がる。そのことをこの一本の傘が我々に教えてくれている。
文/小暮昌弘(こぐれ・まさひろ) 昭和32年生まれ。法政大学卒業。婦人画報社(現・ハースト婦人画報社)で『メンズクラブ』の編集長を務めた後、フリー編集者として活動中。
撮影/稲田美嗣 スタイリング/中村知香良 撮影協力/AWABEES
※この記事は『サライ』本誌2022年6月号より転載しました。