特技は料理。自ら作るふた通りの朝食─旅館風の和食とホテル風の洋食が、傘寿を迎えたベテラン俳優の現役を支える。
【横内正さんの定番・朝めし自慢(和食の場合)】
【横内正さんの定番・朝めし自慢(洋食の場合)】
昭和のテレビ長寿番組『水戸黄門』(TBS版)。その初代・渥美格之進(格さん)役を務めたのがこの人、横内正さんである。
「格さんが印籠を出す、という流れが定番になりましたが、このスタイルが定着したのは始まって3年目くらい。印籠を出さないと視聴者からクレームがきてね。その点ではファンの声で定番を作っていったドラマでした」
昭和53年から放送された『暴れん坊将軍』(テレビ朝日系列)では初代・大岡忠相役を19年にもわたって演じたことでも知られる。
昭和16年、満州(現中国東北部)・大連生まれ。終戦と同時に日本に引き揚げ、愛媛、鹿児島、福岡と転々とする。思い出に残っているのは小学4年の時、NHK鹿児島放送局児童劇団に入り、ラジオドラマに出演したことだ。
「まだテレビはなく、ラジオドラマ全盛の時代です。子役として重宝がられ、学校の引け時にNHKの旗を翻した黒塗りのハイヤーが迎えに来てくれて、校門を出る優越感はなかなかのものでした。小4での、ものを表現する楽しさが俳優人生の原点かもしれません」
福岡での中学、高校時代は演劇に夢中になり、高校卒業と同時に上京。俳優座養成所を受験するが、二次試験に失敗。1年浪人後の昭和36 年、再挑戦して第13期生となる。3年後、養成所を卒業して俳優座入団。初舞台は、俳優座創立20周年記念公演、シェイクスピアの『ハムレット』だった。
その後、舞台はもちろん、テレビや映画で活躍。低く響く声を生かして声優としても定評がある。
旅館やホテルの朝食に倣う
ベテラン俳優の特技は料理である。といっても、趣味としての“男の料理”ではない。やむにやまれぬ事情から身につけた技だ。食べられないものが多いのである。
「海老も烏賊も貝類も、刺身も駄目。鮨屋に行っても、食べられるのは海苔巻きや卵焼きぐらい。鶏肉も食べません。それなら自分の好きなものを自分で作ったほうがいい、というわけで酒肴を作ったのが、そもそもの始まりです」
もちろん、朝食も自ら調える。簡単に済ませることもあるが、気分がのれば上のような献立が並ぶ。和食か洋食かは、気分次第だ。
「地方公演などで旅館やホテル暮らしが多く、それに倣って旅館風の和食、ホテル風の洋食です。料理は何でも作りますが、特に、餃子を包むのは速いですよ」
クッキングパパならぬ“クッキングタダシ”。そのおもてなしを楽しみにする人は多い。
舞台俳優としてシェイクスピア劇で完結したい
昨年8月、横内さんは80歳にして演劇史上初、『マクベス』と『リア王』を昼夜通して上演した。W主演に加えて台本、演出も担当。そのエネルギッシュな演技と朗々と響きわたる声量は、どの中堅・若手俳優をも圧倒した。
「再演だから(『リア王』は2016年、『マクベス』2019年初演)できるだろうと。シェイクスピア作品は40~50代のエネルギー溢れる俳優でないと務まらないといわれますが、たとえばリア王なら私自身の実年齢を重ね合わせ、旬の俳優とはひと味違った舞台が作れるのでは、と思ったのです」
なぜ、これほどシェイクスピア劇に魅せられるのか。
「まず人間の美しいところや醜いところも含めて、人間への愛おしみを表現していること。次に空間的に飛躍するスケールの壮大さ。そして科白の美しさがあります」
『ハムレット』で舞台デビュー。映像や商業演劇の世界も経験したが、初舞台から半世紀余り。原点回帰への思いもあるに違いない。
舞台俳優として、シェイクスピア劇で完結したい。体が動く限り、舞台に立つ覚悟である。
※この記事は『サライ』本誌2022年4月号より転載しました。年齢・肩書き等は掲載当時のものです。 ( 取材・文/出井邦子 撮影/馬場 隆 )