特技は料理。自ら作るふた通りの朝食─旅館風の和食とホテル風の洋食が、傘寿を迎えたベテラン俳優の現役を支える。

【横内正さんの定番・朝めし自慢(和食の場合)】

前列左から時計回りに、ご飯、納豆(葱・芥子)、味噌漬け(大根・胡瓜・茄子・新生姜)、ほうれん草の胡麻和え、だし巻き卵、焼き海苔、焼き海苔用の醤油、味噌汁(油揚げ・若布 ・葱・青菜)、中央は紅鮭。味噌漬けは市販品だが、それ以外の料理は全て横内さんの手作りだ。

【横内正さんの定番・朝めし自慢(洋食の場合)】

前列中央の大皿から時計回りに、大皿内はプレーンオムレツ(ケチャップ)、ハム、ウィンナーソーセージ、野菜サラダ(レタス・ロメインレタス・ベビーリーフ・トレビス・ブロッコリースプラウト)。クロワッサン、オリーブオイル、食塩、コーヒー(砂糖・ミルク)、林檎 ジュース。野菜サラダにはオリーブオイルと食塩をかけて食す。

朝は早い。午前6時頃起床。「新聞を読んだりして、朝食は8時半。気分がのったら、朝からカレーを仕込んだり、餃子を作ったりすることもあります」と横内正さん。昼は食べないことが多く、夜は酒肴の延長となる。

昭和のテレビ長寿番組『水戸黄門』(TBS版)。その初代・渥美格之進(格さん)役を務めたのがこの人、横内正さんである。

「格さんが印籠を出す、という流れが定番になりましたが、このスタイルが定着したのは始まって3年目くらい。印籠を出さないと視聴者からクレームがきてね。その点ではファンの声で定番を作っていったドラマでした」

昭和44年から放送されたTBS版『水戸黄門』では、初代・渥美格之進役(格さん・左)を8年にわたって演じた。これが初の本格的な時代劇出演だった。初代・水戸光圀は東野英治郎さん(中央)、2代目・佐々木助三郎(助さん・右)は里見浩太朗さんが演じた。

昭和53年から放送された『暴れん坊将軍』(テレビ朝日系列)では初代・大岡忠相役を19年にもわたって演じたことでも知られる。

昭和16年、満州(現中国東北部)・大連生まれ。終戦と同時に日本に引き揚げ、愛媛、鹿児島、福岡と転々とする。思い出に残っているのは小学4年の時、NHK鹿児島放送局児童劇団に入り、ラジオドラマに出演したことだ。

「まだテレビはなく、ラジオドラマ全盛の時代です。子役として重宝がられ、学校の引け時にNHKの旗を翻した黒塗りのハイヤーが迎えに来てくれて、校門を出る優越感はなかなかのものでした。小4での、ものを表現する楽しさが俳優人生の原点かもしれません」

福岡での中学、高校時代は演劇に夢中になり、高校卒業と同時に上京。俳優座養成所を受験するが、二次試験に失敗。1年浪人後の昭和36 年、再挑戦して第13期生となる。3年後、養成所を卒業して俳優座入団。初舞台は、俳優座創立20周年記念公演、シェイクスピアの『ハムレット』だった。

その後、舞台はもちろん、テレビや映画で活躍。低く響く声を生かして声優としても定評がある。

俳優座の大阪公演で同期の加藤剛さん(右からふたり目)と一緒に。横内さん(左)23歳の時。女性ふたりは喫茶店の人。養成所同期には他に石立鉄男さん、細川俊之さんらがいた。
昭和42年、NHK連続テレビ小説第7作の『旅路』に鉄道員・室伏雄一郎役として主演した。同番組で全国にその名を知られ、茶の間の人気を得る。前年に放送された『おはなはん』に続いて人気となり、連続テレビ小説を不動のものにした。

旅館やホテルの朝食に倣う

ベテラン俳優の特技は料理である。といっても、趣味としての“男の料理”ではない。やむにやまれぬ事情から身につけた技だ。食べられないものが多いのである。

「海老も烏賊も貝類も、刺身も駄目。鮨屋に行っても、食べられるのは海苔巻きや卵焼きぐらい。鶏肉も食べません。それなら自分の好きなものを自分で作ったほうがいい、というわけで酒肴を作ったのが、そもそもの始まりです」

もちろん、朝食も自ら調える。簡単に済ませることもあるが、気分がのれば上のような献立が並ぶ。和食か洋食かは、気分次第だ。

「地方公演などで旅館やホテル暮らしが多く、それに倣って旅館風の和食、ホテル風の洋食です。料理は何でも作りますが、特に、餃子を包むのは速いですよ」

 クッキングパパならぬ“クッキングタダシ”。そのおもてなしを楽しみにする人は多い。

打ち上げなどでスタッフらに振る舞う太巻き。具はかんぴょう、椎茸、卵焼き、高野豆腐、蒲鉾、ほうれん草などで、すべて横内さんの手作り。これが目当ての人もいるほど好評だ。

舞台俳優としてシェイクスピア劇で完結したい

昨年8月、横内さんは80歳にして演劇史上初、『マクベス』と『リア王』を昼夜通して上演した。W主演に加えて台本、演出も担当。そのエネルギッシュな演技と朗々と響きわたる声量は、どの中堅・若手俳優をも圧倒した。

『リア王』の演出家として、若手俳優に演技指導する横内さん(中央)。「舞台を通して若い俳優たちのパワーと情熱に触れるのが、私の健康法のひとつでもあります」と語る。

「再演だから(『リア王』は2016年、『マクベス』2019年初演)できるだろうと。シェイクスピア作品は40~50代のエネルギー溢れる俳優でないと務まらないといわれますが、たとえばリア王なら私自身の実年齢を重ね合わせ、旬の俳優とはひと味違った舞台が作れるのでは、と思ったのです」

なぜ、これほどシェイクスピア劇に魅せられるのか。

「まず人間の美しいところや醜いところも含めて、人間への愛おしみを表現していること。次に空間的に飛躍するスケールの壮大さ。そして科白の美しさがあります」

5回目を迎えたシェイクスピアシリーズ公演。1日で『リア王』(上)と『マクベス』(下)のダブル公演を見事に演じきった(昨年8月の舞台から)。この5月にはシェイクスピアのロマンティックコメディ『十二夜』の演出を予定している。

『ハムレット』で舞台デビュー。映像や商業演劇の世界も経験したが、初舞台から半世紀余り。原点回帰への思いもあるに違いない。

舞台俳優として、シェイクスピア劇で完結したい。体が動く限り、舞台に立つ覚悟である。

酒豪で、舞台が終わった後の解放感には酒が一番。今は日本酒と白ワインを愛し、日本酒なら「獺祭」、白ワインならフランスの辛口、シャブリがお気に入りだ。

※この記事は『サライ』本誌2022年4月号より転載しました。年齢・肩書き等は掲載当時のものです。 ( 取材・文/出井邦子 撮影/馬場 隆 )

 

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